デビー・ネイサン「1冊で知るポルノ」

1冊で知る ポルノ(「1冊で知る」シリーズ)

1冊で知る ポルノ(「1冊で知る」シリーズ)

 はてなダイアリでは、2月ごろの「非実在青少年」問題を皮切りに、ポルノについての議論が盛り上がっていた。私はここ一カ月ほど、ほとんどネットの議論を追っていないので、詳しいことはよくわからない。だが、数度、「ポルノについて考えるために、どんな本を読めばいいのか?」と質問されたことがある。その問いに応えるように、「1冊で知るポルノ」が刊行されている。
 これは、2007年に米国でティーンエイジャー向けに書かれた本である。ポルノの歴史や、ポルノを批判する理論、これまでなされてきた心理実験など、基本的な知識がまとめて概観できるようになっている。文章もできるだけ易しい言葉で書かれているし、日本版も比較的安価で販売されている。これまで、ポルノについて書いた本を読んだことがない人や、頭がこんがらがってきた人には、ぜひお勧めの一冊だ。これまで、ポルノについての議論に、どんな論点があったのかを確認できる。
 あくまでも、入門書という体裁なので、自分がどの部分に共感でき、どの部分に違和感を持つのか考えながら、線を引いて読むといいように思う。私自身、自分の考えを確認しながら読んだ。
 中には、非常に危うい記述もある。たとえば、日本は性犯罪の少ない国とされている。だが、「どういった行為を性犯罪とするか」によって、性犯罪の認知件数は変わる。また、日本には、まだまだ性犯罪の被害届すら出しにくい状況がある。著者が米国に住む視点から書いているという理由もあるだろうが、日本で性暴力の問題に関わっている立場からすれば、本全体の信頼を疑うほどナイーブな認識である*1。だから、諸説については、あくまでも「こうした言説がこれまであった」という程度に留めておき、もし詳しく知りたければ、自分でより深く調べるという姿勢が必要だろう*2
 私がこの本で興味深いと思ったのは、ポルノ産業についてのレポートの部分である。著者は、基本的にポルノ規制に反対する立場にある。「ポルノはファンタジーである」としているし、「性的虐待を受けたことが理由でポルノ産業に入る女性が多いというデータはない」ということも書く。だが、一方でグローバリゼーションと、ポルノ産業についての、強烈な記述もしている。たとえば、ハンガリーの、生活苦にある若い素人女性をスカウトして、性行為をさせるポルノが紹介されている。撮っているのは米国人監督である。著者は次のように書く。

(前略)彼女がほんとうのことを言っているのか、実は経験豊かなプロの女優なのかはだれにもわからない。現在、ありのままの真実を記録したと宣伝するポルノは非常に多い。しかし視聴者には「真実」のどこまでが作られたものなのか知りようがない。ただ、ポルノに出るのに同意する女性のぶっきらぼうなコメントだけは真実に思える。この女性はバワーズ(引用者註:監督の名前)に、自分は衣料品店で店員としてフルタイムで働いているが月にたった150ドルしか稼げないと言う。貧しさが日常であることを示す、ハンガリーのこの重苦しい現実が、なぜ編集段階でカットされなかったのか、理解に苦しむ。おそらく、アメリカの視聴者はこの種の女性の貧しさと絶望感にそそられるのだ。
(117ページ)

著者は、こうした新しいタイプの、貧富の差が売り物になるようなポルノが出現していることを指摘している。もちろん、これはポルノを禁止すれば解決するような問題ではない。問題は、ハンガリー女性が、純粋に金銭を得るためには、ポルノに出演するしかない、と判断する貧困状況に置かれていることだ。それは、男女の経済格差や差別の問題<だけ>ではなく、現在のグローバリゼーションの構造の中にある、貧困の問題でもある。
 また、著者はセックスに関する新しいテクノロジーについても紹介している。たとえば、「テレディルドニクス」という技術が開発されている。
 「シニュレーター」という製品は、遠隔地でのセックスを実現しようとしている。一方が、バイブレーターになっている端末を体に密着させ、他方がコンピューター通信によってその端末を操作する。アイデア自体は、リモコン型ローターの延長線上と似ているように、私は思った。何にせよ、同じ空間にいないままで、他人の肉体に対する刺激をコントロールできるという装置である。もともとは、遠隔地に住む夫婦や恋人向けというコンセプトで設計されたが、インターネット上で出会ったカップルの性行為にも利用されているようだ。利用者の体験は、次のように綴られている。

オンラインマガジン『サロン』で、ライターのアンナ・ジェーンは28歳のダニにインタビューした。ダニはセックスが好きだが、自分の住むロサンゼルスではなかなか男性との出会いがないのでハイジョイ(引用者註:テレディルドニクスを体験できる、web上の出会い系サイト)に登録したのだと言う。彼女は遠くに住むパートナーを探したかった。そしてデビッドというスペインに住む男性に出会った。
「いままでチャットしただれよりもデビッドに親しみを感じます。彼には深いつきあいを許しているからです」とダニはジェーンに語った。。
 ジェーンもテレディルドニクス体験があった。彼女はフロリダ州の若者とつきあっていた。ふたりは自分たちの写真を載せない、また実際に電話で話さないことにした。かわりに、しばらくの間、ただチャットルームであれこれおしゃべりした。
 「驚いたことに」ジェーンは記す。「なにもかもすごく気持ちがよかった。ポルノと違って、相手の意識はすべて私だけに向けられています。知らない男の人が、ジェナ・ジェイムソンで興奮するのではなくて、この私を楽しませたいと思っているということに、何だか感動しました。一方で、自分のベッドで会ったばかりの男の人とセックスしているような、体や感情がむき出しになっている感じはしませんでした」。
(171〜172ページ)

もしかすると、シニュレーターが予言するのは、他人に直接的に暴力を振るわれるリスクを回避しながら、他者との性的行為が可能になる可能性かもしれない。女性は、男性から「レイプされるかもしれない」という脅威にさらされずに気楽に、カジュアルセックスができるようになる。
 以下でも、シニュレーターの体験談が読める。

「ネット利用の遠隔セックス『シニュレーター』」
http://wiredvision.jp/archives/200409/2004092903.html

 本では紹介されていないが「スリルハマー」という装置も開発されたようだ。動画がアップされている。(成人向けの動画です)

開発元のサイトもある。

「Welcome to thethrillhammer.com」
http://dnn.thethrillhammer.com/

 こうしたテクノロジーの発展により構想されるのは、自分でカスタマイズした専用セックスマシーンだ。さらには、脳内に直接刺激を与え、実際には肉体には接触しないまま、身体的な快感を得られる技術も考えられる。もちろん、テクノロジーに対する懸念もある。人と人とのコミュニケーションが寸断され、人びとを孤立させていくという指摘も出ている。著者は次のような研究者のコメントを紹介している。

 こうした議論は果てしなく続くだろう、とポルノ研究家ジョゼフ・スレイドは言う。そして論争はポルノをさらに有名にするだろう。スレイドは次のように書いている。「それぞれの世代が、研究室からの証拠だけでなく、大衆文化からの資料を使ってセクシュアリティジェンダーを『作り直している』。一般に科学者や医師は世間に安心感を与える存在ではあるが、どちらかというと人間のセクシュアリティの生物学的な基礎についてはわずかしか理解していないし、ジェンダーについて、さらには性的興奮を引き起こす心理的要因については、もっと理解していない。性的魅力は生物学に決定されるのだろうか?それとも社会的に築かれるのだろうか?ポルノは『自然の』欲望をまねるのだろうか?それともでっちあげるのだろうか?この不確かさと無知の合流点で、ポルノはもっとも恐ろしげで、もっとも楽しそうに見える。
(174ページ)


 「ポルノを利用する」と言ったとき、その人の頭の中にあるポルノのイメージはさまざまである。おそらく多くの人は、自分が気に入っているポルノ、または気に入らないポルノが思い浮かぶ。もちろん、そのポルノに対するポジティブな気持ちや、ネガティブな気持ちから、ポルノについてどう考えるのかは出発する。そして、その感覚が妥当なのか、普遍的なものなのかを検討し、考察を進めていく上で、この本の前半部の、これまでのポルノ論概観は役に立つだろう。さらに、今あるポルノと、これからありうるポルノについて考えるときに、後半部の新しいポルノ産業の情報が手助けになるだろう。ポルノについて考えるための、よくまとまった本だと思う。

*1:解説の松沢呉一までもが、この認識を「日本は誇りに思っていいだろう」という頓珍漢なコメントをしている。私は、ほとんど孤立無援に等しい状況で、ポルノ防衛論を立ててきた松沢さんの仕事には、尊敬の念を抱いている。この本が、このタイミングで出たのも、きっと松沢さんの力もあったのだろうと思う。それだけに、「性犯罪の被害者の置かれる現状は、深刻に受け止め、真剣に考えてほしい」と心から思う。

*2:そういう意味では、タイトルに偽りアリ、である。これ1冊ではわからない。ただ、最初の1冊には良いと思う