近況

 新刊の予約が始まりました。タイトルは『美しいトラウマ』です。

美しいトラウマ

美しいトラウマ

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 今回はアートを正面から扱いました。トラウマを負った人間は、その経験をアートの中で表現しようとすることが多々ありますが、「なぜ、そんなことをするのか?」「どういう意味があるのか」について、執拗に問うた本になります。その中でキーになるのが、フロイトの「タナトス」の概念です。タナトスとは、自己破壊に突き進む人間の本能の一つです。現代の精神医療でタナトスの話が扱われることはほとんどないんですが、私としては「やっぱり、タナトスは大事やで」という気持ちで登場させました。相変わらず、全然流行ってない話を、独自路線で書いています。面白く読んでもらえるといいなあ、と思います。

 それから、岩波書店『世界』2026年10月号に、「魂の舟がやってくるとき 水俣と東京」を寄稿しました。

 こちらは、いつもと違うスタイルの文章を書いたので、うまくいくか不安だったのですが、無事に掲載していただきました。1996年の「日月丸」航海を中心に書いています。水俣と東京の人たちの緊張関係を紐解きながら、「中央ー地方」の構図の中で何ができるのかについて、書きました。

 また、2026年11月25日から12月3日に東京・渋谷ヒカリエで開催される「水俣病70年展」にも触れました。主催の水俣フォーラムでは、これまで全国各地で水俣病を知る機会を作るために、展示をしてきました。現在は、世代交代の時期に来ており、これから水俣病を通して何を学び、何を考えていくのかを問う展示になると思います。ご関心があり、近隣の方はぜひ足をお運びください。

npo.minamata-f.com

 今年はスコットランドと北東イングランドでフィールドワークをしました。ハイランド、オークニー諸島、インナーへブリディーズを訪問しました。今すぐ何かの研究に直結するわけではないのですが、去年から「北方」が一つのキーワードになってきています。もちろん、その念頭には東北で研究してるという、自分のポジショナリティがあります。青森県立美術館の装飾する魂」展にも刺激を受けました。

www.aomori-museum.jp

 これは、北東北の文化を延長させて、ユーラシア大陸の連続性を可視化させようとする展示で、日本(東北・北海道)・ロシア・中国・モンゴル・アイルランドまでを繋ごうと試みています。正直「ちょっと無理がある!」と思ったところもあるのですが、野心的で刺激は受けました。いま、私は研究で日本の和紙や漆のいわゆる「日本の伝統産業」を扱っており、ナショナリズム(「日本すごい」)を超えた、トランスナショナルな視点が欲しいので、北方の文化の連続性の話はとても惹かれています。もともと北東北では、地元の人たちがそういう視点を持とうとしてきた取り組みの歴史もあるので、もう少し学びたいと思っています。

 そういう意味では、スコットランド・北東イングランドは、ヴァイキングがやってきていた歴史から、スカンジナビアの文化との連続性が濃く、人や文化の混淆の歴史を明示した研究も数多くあるので、勉強になります。特に、近年は考古学の発展から、古代から人間は移動しまくっていたことがわかっており、そういう視点を保ちたいと思っています。

 もう一つ、「哲学の研究をどうするか」という大きな問題にも直面しています。私はもともと学際的な研究のスタイルなので、主流の哲学研究とは離れたところにいます*1。しかし、人生はわからないもので、倫理学研究室の教員として就職してしまったために、哲学・思想系の学生(特に院生)の指導に関わることになってしまいました。なので、再び、「哲学とは何か」とか「哲学・思想系の研究はどうあるべきか」とかを考えないといけなくなりました。要するに、「哲学研究の方法論の再検討」が必要になったわけです。幸い、似た問題意識を持っている人たちとこれまでも付き合いがあり、一人ではなく、研究仲間と一緒に考えていくことはできそうです。形になるかどうかもまだ見えていませんが、次の課題かなあと今は思っています。

*1:いろいろ若い時に嫌な目に遭ったため、国内の哲学・思想系の学会は全て辞めてしまったし)

亜月ねね「みいちゃんと山田さん」

 亜月ねね「みいちゃんと山田さん」が完結した。この作品は大ヒットし、アニメ化も決まっているが、インターネット上で激しく炎上した。注目が集まると同時に、作者の言動や過去の作品に対する批判が過熱した。作者にとって大変な状況だったのだろうが、この作品は最後まで一つの路線を貫いた。この作品が体験談であることは、作者も匂わせている。といっても、もちろん、事実そのままではなく、そこから虚実交えた物語になっている。そういう意味では、私小説と呼べるだろう。

 いくつかの指摘が出ているが、この作品の本筋はタイトル通り山田さんとみいちゃんの友情物語である。みいちゃんは苦手なことがたくさんある女の子で、学校や職場で苦労している。家族からのサポートも乏しい。流れ着くように、山田さんが働いているキャバクラにやってくる。山田さんもまた家族との不和を抱えているが、キャバ嬢として身をたて、なんとかやっていた。そんな彼女はみいちゃんに強烈に惹きつけられる。みいちゃんは客にうまく振る舞えず失敗し、字の読み書きができないのでバカにされ、先輩からいじめられる。その姿を山田さんは哀れむと同時に、彼女の見ている世界や生き方を知りたいと思うようになっていく。

 物語の後半、山田さんはみいちゃんと一緒に住み始める。みいちゃんを救いたいという気持ちもあったかもしれないが、一番は彼女自身がみいちゃんといることで、自らの心の欠落した部分を埋められるのではないかと思ったのだろう。しかし、みいちゃんとの暮らしは予想以上に大変で、山田さんは自分が大切にしているタブレットを壊されたことでキレてしまう。彼女は漫画家を目指していて、タブレットはそのための道具だった。自分が怒りに任せて振る舞った時、この漫画で一番、印象的な場面が描かれる。それまでかわいくデフォルメされたアニメ調の少女として描かれていてみいちゃんが、リアルタッチの泣いている女の子に絵柄が変わるのだ。このとき、読者は、今まで自分がみてきたみいちゃんは、山田さんのフィルターを通して歪められた現実ではないか、と気づく。

 一見、この話は健常者の山田さんが、障害を持つみいちゃんを中立・客観的に観察し、それについて分析・解釈していく話に見える。読者もまた、山田さんの視点から、みいちゃんを外側から眺めていることを、無意識に前提とする。しかしながら、この場面の瞬間、山田さんが中立・客観的な観察者ではなく、現実を歪めて見ている信用ならない語り手であることが暴露される。山田さんもまた、病んでいる。自分の直面する現実に耐えられないから、フィルターを通して嘘の世界を投影して、幻想の中を生きている。

 この物語は山田さんが死ぬことで終わる。みいちゃんは山田さんに家を追い出されて、実家に帰り、地元の若者たちに殺される。その死後、山田さんはみいちゃんを可愛いアニメ調の少女で描いた空想物語を漫画で描き、長い連載を続けることができた。それが終わると、彼女はリアルタッチの絵柄に一瞬なり、倒れしまう。その寸前にみいちゃんが死後の世界から迎えにくる夢を見る。現実では友情を成就できなかった二人が、死後の世界では結ばれるという、ロマン主義的エンディングだった。

 この作品には障害、貧困、家族問題、いじめ、DV、セックスワークなどの社会問題が大量に盛り込まれている。作者はほとんどその問題を丁寧に描くことができず、情報も捌ききれなかったようにみえる。その結果、作品は社会問題の要素に注目が集まるようになり、多くの人がそれを論じる視点から作品を解釈・評価するようになった。その視点から見ると、あまりにも不勉強で不備の多い作品だろう。他方、「これは私の話だ」と思う読者もいたのではないか。ここで描かれたのは、困難な状況の中で、不器用に関係を築こうとする当事者の姿でもあるからだ。私自身、山田さんがみいちゃんをリアルタッチの絵柄で見てしまう場面は、「これは私は知っている」と思った。困難な状況にある相手を美化し、そこにわざわざ関わろうとする自分を正当化しようとする中で、ざらりとした現実を突きつける「お前は現実を見ていない」という無意識の声だ。正直、この場面を見た時、作者に対して「ここまで描かなくてもいいのに」と思った。これが作者の実体験なのかどうかはわからないが、これまで描かれてこなかったなにかに、形を与えている。

 何人もの福祉関係者がこの作品を批判している。それはそうだろう、この作品は福祉の支援が立ち入ることのできない領域に踏み込んでいるからだ。それを描くことに社会的意義はない。でも、描きたい人はいるのだ。正しくなくても。

 なお、この作品はあまりにも話題になったため「みいちゃん」という語が、障害を持つ人の隠語となり、いじめになる現象が起きている。そのような現象が起きたことに対し、作者の責任を問う声もあるし、出版社の考え方に批判も出ている。また、アニメ化され、もっとこの作品が人口に膾炙すれば、「みいちゃん」の語で障害を持つ人を誹謗中傷する危険も指摘されている。特に障害を持つ子の保護者から不安の声が多く上がっている。それに対し、アニメ化の製作側は、差別を助長しないように気をつけて、アニメを製作をするという声明を出している。これはもっともな話で、レーティングも視野に入れた、慎重な対応が必要だろう。

 これは、ポルノに対する扱いと相似形の話である。ポルノで性行動が変わる可能性があるように、漫画やアニメで障害者に対する行動が変わる可能性はある。創作物が人に与える影響は小さくない。同時に、ポルノに対してすべきことが検閲ではなく、性教育の促進であるように、「みいちゃんと山田さん」に対してすべきことも表現規制ではなく、人権教育の促進だろう。それも、優生思想の歴史やそれに対する批判についての教育は全く足りていない。私自身、大学で学生の障害者差別発言にたびたび直面しており、授業では年々、優生思想や障害者運動について学ぶ時間を増やしている。これだけ障害者差別が広がっていれば、「みいちゃん」という語がいじめに使われるのも当然のことだろう。それについては、喫緊の課題だし、私もせめて手の届く範囲けでも努力していきたい。

 なお、支援については「メダリスト」の最新刊が踏み込んだことを描いていた。成人の未成年の支援ー被支援関係の罠や、支援者の支配欲についての話でもあった。こういう作品が出てくるのは時代が変わってきているのを感じる。

 

 

 

 

 

 近況

 1年以上、更新していなかったんだ……と今更びっくりします。東北大学の勤務も3年目に入り、だいぶん仕事にも慣れてきました。でもそれ以上にあれこれプロジェクトをまわしているので、初めてのことが多くて右往左往しています。今年はアウトプットを増やしていきたいと思っています。秋頃には久しぶりに書籍が出る予定です。頑張りました。

 今年は、活動場所も変えています。大学院生のときから足繁く通っていたEFRJ(European Forum for Restorative Justice)の学術大会は行かず、ISFNR(International Society For Folk Narrative Research) という民俗学とナラティブの学会に参加していました。

isfnr.org

https://isfnr.org/

 「歩くこと」をテーマにしたセッションで発表し、面白いフィードバックをもらえて本当に楽しかったです。知り合いゼロで飛び込んだので、不安と迷いも大きかったですが、刺激的で新しい人間関係も拓けて、「やってみよかった!」という気持ちで終えました。

 また、「水俣・写真家の眼」のオーストラリア・ウーロンゴンでのワークショップ開催にも同行しました。米軍の原子力潜水艦基地の反対運動をしている市民団体の協力のもと、地元の歴史や活動を知るフィールドワークやビーチでのピクニックなどで、お互いのことを知りながら、水俣の写真と向き合う時間を作っていくプロセスに立ち会うことができました。

minamataphotoeyes.com

 分野も場所も学会も大きく変わっているので、これからどうやって研究を進めていくのかについて、悩むことも多いのですが、ありがたいことに出会った研究者にいろんなアドバイスをもらい、少しずつ自分のスタイルやフレームワークを模索しています。まだまだ攻めの姿勢で、今年度は新しいことに挑戦していきたいと思っています。

 なお、2024年の秋に採用された東北大学のSOKAP-seedsを元にしたプロジェクトは、もう一つ大きな予算SOKAP-connectにステップアップしました。このプロジェクトがやってきたことも、今年度末には形になる予定です。

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/newsimg/news20260609_sokap_all.pdf

 日々、試行錯誤というか暗中模索なことも多い日々ですが、楽しくやっていきたいです。

 

 

近況

 あっという間に2025年の上半期が終わります。例年5-6月は欧州の学会に出ているのですが、今年はパスしました。代わりに水俣でフィールドワーク。ここ数年、あちこちのフィールドで「世代交代」を強く意識します。水俣でも、お世話になってきた人たちが亡くなったり、引退を宣言されたりしています。70-80代の活動家は、声が大きくて喧嘩っ早い男性たちが中心で、そこには性差別や暴力の深い問題があります。他方、魅力的な運動を創造し、旗を持って走ってきた世代でもあります。日本だけではなく、欧州の修復的正義の実践・研究もそうです。その世代が抜けた後の社会運動が、どうなっていくのか。過渡期の中で何をすべきかを考えています。

 いつの間にか、中核を担う(ことを期待される)40代になりました。どうしたらいいんだろうね。私たち、氷河期世代・ロスジェネは若い時に十分に組織で経験が積めなかったし、先輩からの教えもなく独立独歩でやってきた人が多いです。上の世代の仕事を礼賛するつもりも、引き継ぐ気持ちもないが、かれらの遺産を全て捨てるのは惜しいとも思っています。こういう冷めた態度だから、上の世代はイライラすることもあるようだけど、かれらと違う価値観や方法で、遺せるものは遺したいと思っています。特に水俣の場合は、無念にも亡くなっていった犠牲者や、沈黙するしかなく去っていった人たちへの供養の意味が大きいです。継承というよりは、追悼。

 関連して、以下のような論文を書きました。初めて、日本語で石牟礼道子について正面から論じました。

https://www.philosophyoflife.org/jp/seimei202501.pdf

 他方、SNSの断片化されたコミュニケーションがどんどん激しくなっていて、自分のやっていることをほとんどアップしなくなりました。言葉尻を捉えられたり、何かの論争のネタにされるのはつまらないと思うようになりました。どちらかというと、私はインターネットに救われた立場なのに人は変わるものです。学生にも「SNSばっかり見ずに、本を読みなさい」と再三、言っています。20年前の自分を振り返ると苦笑いですが。

 実は同人誌『リフレイン』に、「インターネット上でフェミニストだった頃――『身体と切り離した仮想の主体』の冒険」を寄稿しました。性暴力の被害を受けたあと、ろくに文章を書けなくなった私が、はてなでブログを書くことで自分の言説を再構築していった経験です。自分の性暴力の経験を人前で語ったり、書いたりすることは極力ひかえている*1のですが「同人誌だったらいいか」と思って書きました。研究者ではなく、同人作家バージョンの私の文章として読んでいただければ幸いです。以下からダウンロード版が購入できます。

booth.pm

 

 ネットで書く代わりに、フィールドノーツを持ち歩き、写真をミニプリンターで印刷して貼り付けるようになりました。結局、紙が最強。デジタルよりずっと長期保存ができるし、AIに情報も食われない。めんどうくさくてさぼってしまうこともあるけれど、真面目に書いています。

 私はカメラはGR3を愛用しており、フィールドで持ち歩いています。最近、キャノンのiNSPiCを買いました。持ち歩きできるミニプリンターで、専用用紙に印刷すると裏がシールになっていて、ノートに直接貼れます。なんて便利な。用紙代はそこそこかかるのですが、研究費で捻出しています。GR4が出るとのことなので、それも気になっていますが、まだ3が持ちそうなので……*2

 同時に「変わってきた」と思うことは、文章だけではなく、動画の配信が増えてきたことです。昨年の12月に登壇した講演会の動画が無料で公開されています。多少の編集はされていますが、ほぼ、全ての内容が視聴いただけます。ズームではなく、会場での撮影でクリアな映像で音声もきれいに入っているので、観やすいのでは?

 内容は珍しく、修復的正義について解説をしています。私の専門分野ではあるのですが、意外と講演の依頼は少なく*3、張り切って喋っています。研究者は、自分の専門分野についてはとても嬉しそうに話しますね。ベラベラと修復的正義オタクの語りを繰り広げていて、自分で見返して笑ってしまいました。

www.youtube.com

www.setagaya-ldc.net

 さて、今年は例年のヨーロッパ犯罪学会はパスして、9/3-5にあるBAJS(英国日本協会)の学会で発表します。英国・ウェールズにあるカーディフ大学で現地参加します。

www.bajs.org.uk

 以前から、「あなたの研究は(国際的な)日本学の分野にマッチするのでは?」と言われることが増えていました。最近は、直接的な犯罪や暴力の被害・加害ではなく、災害等の広範囲のできごとや、「記憶の継承」「トラウマを負った人たちのコミュニティ」、さらにはアートがテーマになってきて、学際領域の日本学のほうがいいかもしれない、と思うようになりました。しばらく、身を寄せてみようと思います。

*1:本を出した後のインタビューの仕事や、商業原稿で繰り返し自分の体験を書くことを求められるのが苦痛でした。商業媒体でコンテンツとして消費されることを割り切れないので。

*2:というと、途端にちょっと調子が悪くなる。GRは水や埃、衝撃に弱いので、本当はフィールド向けのカメラではありません。本当はG900のほうが向いてるんだけど、GRが好きすぎて、無体を強いてしまう。実は初代は故障し、二代目は盗難に遭い、三代目です

*3:性暴力、DVのほうが多いです。最近は水俣も増えました

近況

 東北大学に着任してから1年。初年度が今日で終わります。あっという間すぎる! 来年はもう少しこのブログも更新できると良いですね。

 東北大学は、研究するにはとても良い環境で、いくつもの新しいプロジェクトを始めることができました。どれもここから5年、10年と長い見通しで発展させていく企画です。そのうちの一つは、東北大学のSOKAP-seeds研究課題に採択されました。

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/newsimg/news20241116_sokap.pdf

 全く新しいメンバーでの共同研究です。海のものとも山のものともつかない、未知数の研究ですが、楽しくやっていきたいと思っています。

 ほかにも色々と気の長い企画をスタートしました。こういう企画は、期間雇用でいつ研究を辞めざるを得ないかわからないなかではできなかったので、テニュアに就いて水を得た魚のような気持ちです。*1今やっていることが成果に繋がるまで時間はかかりますし、自分が何をしているのかもよくわかっていませんが、楽しく新しいことに挑戦してきたいと思っています。

 教育については模索中です。学生はとてもモチベーションが高く、若い人の話を聞くのはいつも面白いです。ただ、「すぐに結果を出さなければならない」「正解を探さないといけない」という切迫感もあって、そのへんをもう少し楽になってもらえる方法はないかな、と。私の教えている倫理学なんて、90分の授業中に一つの答えが出るわけはなく、何年も何十年も抱えて、ちょっとだけわかるような学問です。なので、少なくとも学部では倫理学の入り口に立って、自分の中の問いに気づいてもらうだけでいいと思っています。そういう意味では、私は自分が思っているより、のん気で気が長いところがあるんでしょうね。ゆるい感じで息切れせずに長く学ぶことを続ける良さをお伝えできればなあと考えているところです。

 大変だったことはいろいろありますが、まだ秘密。古くて伝統ある場所に飛び込んでいて、どう関わるのかは難しいところがあります。それと同時に、国際卓越大になったこともあり、外からの改革路線も流れ込んでいます。カオス。でも、私は安定的な場所よりも、こういう流動的・過渡的な場所の方があっていたかな、と思います。変わって行かざるを得ない組織の中で、いろいろと経験していきたいと思います。

 「意外と自分はタフだった」というのが感想です。でもそんなナルシシズムに浸っていたら、ひどい風邪(たぶんマイコプラズマ)にかかって、寝込んだので油断は禁物だなあ、と。来年度も頑張っていきたいと思います。

 学会に出たり、論文を書いたりもしていました。そのへんも告知できればいいんですが、なにもかも後追い……。例年、9月にヨーロッパ犯罪学会に主席するのですが、今回はパスして、英国日本学会に出ることにしました。英国のカーディフ大学で開催予定です。

www.bajs.org.uk

 初めてのウェールズ! 共同研究のパネル発表で、ウェールズ研究が専門の方と一緒に行きます。とても楽しみ。

 研究は領域横断型・学際型の最たる形になっており、今後はどういう学会で報告するのか悩ましいのですが、水俣などの日本の事例は(国際的な)「日本学」に身を寄せてやっていこうかと思っています。文系だけではなく理系の研究者とも共同研究しているので、発信媒体は今後も模索していきます。*2

 東北に移ってからは、少しずつこちらの歴史や文化についても勉強を始めています。一番励まされるのは、赤坂憲雄さんの著作です。赤坂さんは山形の東北芸術大学に着任してから、独学で民俗学をはじめ、あちこちを旅するスタイルで研究を進めました。赤坂さんの残してくれた足跡をもとに、自分もほそぼそと学んでいきたいと思っています。なお、一番励まされた点は、40手前に東北に来たことをきっかけに免許をとって運転を始めたことです。私は20年以上のペーパードライバーですが、赤坂さんを見習って車の運転をできるようになるのが一番の目標です。東北には車があればいける素敵な場所がたくさんあるので……

 

 

*1:同時に、期間雇用は本当に良くない。私は非常勤の頃は、スケールの大きい研究なんて思いつきようもなかったです。研究者の雇用の安定化を望むし、自分もできる範囲で貢献したいと思っています

*2:なお、国内の哲学・倫理学の学会はすべて辞めました。1年経ってみたけど、何も困らなかった。就職すると運営委員などで貢献を求められますし、女性の場合は特に役職者としてのニーズがあるのは知っていますが、自分が今までされてきたこと、言われてきたことを考えると、この身から怨念が吹き出してとても残る気にはなれなかったです。「多様である」という演出に利用されたくもないし。若手の女性研究者には申し訳ないけど……(でも、特に女性研究者は無理して哲学・倫理学の国内学会にいる必要ないですよ、と声を大きくして言いたい)

近況

 『建築ジャーナル』2024年7月号の特集「地域研究「水俣」」に寄稿いたしました。私は「〈傷ついた場所〉の風景 水俣病の記憶を継承するために」と題する論考を書きました。のんびりとしたエッセイで、外から来たひとにとっては水俣の海は美しい姿だけが見えるという話です。その「目に見えるものの向こう側にある、水俣病の被害の歴史をどのように感受できるのか」をテーマにしています。昨年の秋に実施した水俣の貝拾いの企画についても書きました。

 この特集号は、現在の「地域」としての水俣を書いています。執筆者は「今の水俣の人々」に関わっており、「風光明媚で美しい水俣」や、「水俣病の負の記憶を忘れたいという住民たちの切実さ」が、何度も言及されています。そうしたなかで、「どうやって水俣病の記憶を継承し、次の世代に伝えていくのか」の模索が、それぞれの立場から描かれています。「水俣病の歴史」ではなく、「水俣」についての特集になっているんですが、こんな企画を建築ジャーナルが出してくれたのはとても嬉しく思います。建築雑誌なので写真がたくさん載っているのも、とても良いです。白黒ですが、少しでも今の水俣の風景が伝わればいいな、と思います。

 実は同じように「水俣」という地域を捉えようとした企画が、みんぱく(国立民族博物館)でもありました。研究者の平井京之助さんが中心となった「水俣病を伝える」です。美術手帖に良い紹介記事がありました。

bijutsutecho.com

 この企画では、フィールドワーカーとして水俣を訪れた平井さんが、自然豊かで美しい水俣に出会い、そのなかで暮らし、水俣病を伝える活動をしている人たちと出会っていくストーリーが展示になっています。そして、水俣病で家族を亡くし、自分も被害に苦しんだ大矢ミツコさんの人生まるごとが描かれ、訪問者は平井さんの目を通して、ひとりの人間としてのミツコさんと対峙することになります。

 私は、この展示は「ホームビデオのようだ」と思います。手ブレして下手くそな映像なんだけど、こっちを向いている被写体の人々はみんな笑いかけてきます。その顔は、私がふだん水俣で会っている人たちの顔でした。「水俣」(の一部分)をそのまま大阪に持ってきてしまったような、そんな不思議な展示です。人と人、人と自然のパーソナルな関係を通して、水俣という地域を浮かび上がらせていると、私は思いました。

 この展示は賛否両論で「水俣病が伝わらない」という批判もあるようです。それは、いわゆる「過去の水俣病の歴史のイメージ」が、この展示にはなかったということだろうと私は理解しています。たしかに、そういう水俣病についての啓発活動のための展示ではありませんでした。そして、私自身、もう水俣病の啓発活動をするつもりはなく、地域で暮らす人たちとどうやってつながっていき、何ができるのかを考えるようになっているので、「もしかしたら10年前の、水俣に来る前の自分なら、そう感じたかもしれない」とは思いました。

 結局、私はずるずると水俣にいて、今の水俣の気分のようなものに飲まれているかもしれません。でも、それでよかったんでしょう。不思議と、国内外を問わず、地域で活動している人たちと話がすっと噛み合うことがあり、そういう感覚を私に教えてくれたのが水俣だと思っています。地域を語る言葉と感性を少しずつ習得し、今も学んでいるところです。

近況

 2024年4月1日付で、東北大学文学研究科倫理学研究室に准教授として着任いたしました。すぐに業務が始まり、忙しく働いているうちに3ヶ月が経過していました。来た頃には寒々しい風景だった仙台の街も、緑に萌える初夏となりました。ときどき、クマが大学の敷地内に出没したというメールが来てビビります。カモシカも駐車場のあたりをうろうろすることがあるらしく、野生動物がたくさんいる自然あふれるキャンパスです。

 5月に発売された岩波書店『世界』に小田原のどかさんとの対談が掲載されました。水俣とアート、記憶の継承活動などについてお話ししました。宇野重規さんが、朝日新聞の論壇時評で取り上げてくださったそうです。

 5月29-31日にエストニア・タリン大学で開催されたEuropean forum for restoraitve jusitceのconferenceで、ポスター発表をしました。水俣で実施したプロジェクトの報告をしました。今回は、ウクライナ戦争をはじめとして、紛争地域で活動している人たちの実践報告がいくつもあり、修復的正義について何ができるのかについての議論が起きていました。切迫した状況でも、対話の可能性を拓き、未来を信じて新しい取り組みを続けていく声がありました。私はいつもこの学会で「諦めない」「変えることを続ける」ということの重みを学んでいるように思います*1。

www.euforumrj.org

 6月8日には、東北大学で「関係論的価値の謎」という小規模なワークショップをやりました。いろんな国・地域の出身者が参加してくれたので、地域の歴史的・文化的・政治的文脈に沿って自然観を考慮することについて議論しました。最近は私は環境について「言葉にならない価値」をどうやって表現していくのかに関心があります。

www.sal.tohoku.ac.jp

 6月29日には、沖縄・琉球大学で日本被害者学会で報告「被害者性を持つ地域と記憶の継承 水俣地域を事例にあげて」を行いました。沖縄で初めて被害者学会が開催され、沖縄という地域の文脈の上で、被害者の問題が議論されました。被害者学とローカリティの問題はずっと気になっていたので、参加できて本当によかったです。沖縄での開催は、梅雨や台風の心配、交通機関の配慮、オンラインとのハイブリット開催等、準備が大変だったそうで、スタッフの皆さんに心から感謝しています。

 そして、日本の被害者学会は久しぶりの参加でしたが、登壇者、参加者ともにジェンダーバランスが良くて、とても快適でした。ジェンダー・セクシュアリティの観点からの議論も活発で、男性の性被害者の問題もしっかり取り上げられていて、ここ10年ほどの日本の被害者学の変化を感じました*2。修復的正義の話も関心を持っていただけてよかったです。

www.victimology.jp

 そういうわけで、いろいろと活動をしております。9月はヨーロッパ犯罪学会で報告予定です。今年はルーマニアのブカレストで開催予定です。

www.eurocrim2024.com

 

*1:勤務を始めていろいろあったのですが、投げやりにならないで頑張っていけるのは、こういう場所があるからだと思っています。

*2:沖縄開催ということで、今回は特別に、ということもあったかもしれませんが……