フィギュアスケーターから研究者への転身
昨晩、フィギュアスケートの町田樹選手が引退を発表した。町田さんは、男子シングルの選手で、去年のソチ五輪では5位入賞を果たした。世界選手権では2位を獲得、今年も、国際大会であるグランプリシリーズ「スケート・アメリカ」で優勝した。日本選手権では4位。世界選手権への派遣が決まったところで、活躍が期待されていた。その発表の場で、突然の引退と世界選手権辞退のスピーチが行われたのである。
町田樹「引退のご挨拶」
http://www.kansai-u.ac.jp/sports/message/machida/2014/12/post_26.html
上記にもあるように、町田さんは研究者を志して早稲田大学大学院修士課程2年に進学することとなった。秋の受験ですでに合格が確定していた*1。在籍していた関西大学から、研究機関を移しているのは、はっきりと「マネジメントについて研究したい」という意思があるので、環境を整えるためにだろう。そのために、国際試合で戦績を残しながら、受験・進学の準備をしていたことになる。大変な努力だったはずだ。
関係者もほとんど知らなかったようで、その場で隣にいた小塚崇彦選手もマイクを渡されて「びっくりした」とコメントしている。そして、日本のスケート選手を束ねる「日本スケート連盟」も知らなかったとのこと。小林強化部長がコメントを出している。
「小林強化部長、町田の電撃引退に『気持ちよく送りたい』」(スポーツナビ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141229-00000100-spnavi-spo
小林さんによれば、町田さんは試合にも文献を持ち込んで、研究に励んでいたらしい。実は町田さんはグランプリシリーズ・ファイナルという重要な国際試合で、卒論に集中したいことを理由に辞退を表明していた。その際は、ケガなどの身体的な理由以外では辞退が認められず、調整が間に合わない中で出場していた。いま思えば、研究者を志している町田さんは、どうしても良い卒論を仕上げたかったのかもしれない。
大学進学するスケート選手は多いが、学業との両立は簡単なことではない。フィギュアスケート選手は、冬場は各国の試合で戦い、シーズンが終わるとアイスショーで公演してまわる。また、毎年変わるルールや採点基準に合わせてプログラムを組み、技術に磨きをかける。多くの選手は学位をとるまで、大変な苦労をすることになる。引退後や休養中に集中して大学に通う選手も多い。
しかし、町田さんの場合は、まったく意味が違う。研究者を志すために、現役を引退してしまった。フィギュアスケートでは異例のことでファンもぼうぜんとなってしまった。まだまだ、活躍が期待されていた。私自身、昨晩は「なぜ、このタイミングで?」とショックを受けてしまった。だが、一晩たって考えてみると、町田さんのとったコースは、ある意味では「当事者的」であり「実務から研究へ」という進路変更であったのかもしれないと思った。以下は私の憶測である。
フィギュアスケートは、日本でもすっかり人気スポーツとなっているが、選手の置かれている環境は厳しくなる一方である。スケートリンクの維持は金銭的に難しく、次々と閉鎖されていっている。また、通年営業しているリンクが少なく、冬場しか練習できない選手もいる。華やかに持ち上げられるが、実際には練習場所の確保に苦労する選手が多い。
また、人気があがるにつれ、テレビでの出演依頼がされたり、アイスショーが開催されたりすることも増えた。特に人気選手は露出が増え、マスコミの取材も多い。日本スケート連盟がこうしたショービジネスと選手の仲介になっているはずだが、その負担は大きくなってきている。
さらに、スケート連盟は、2006年に大規模な不正事件を起こしている。国際試合への派遣の選考や選手のマネジメントについては、内外からの不満も大きく、フィギュアスケートのファンから批判も多い。このように、現役選手の練習環境、ショービジネスとの連携、日本スケート連盟の組織運営のトラブル、そして町田さんもあげているセカンドキャリアの問題など、実は問題は山積している。
中にいる選手であれば、自分自身がこうした困難に直面し、「なんとかしなければならない」と思うのではないだろうか。特に町田さんは、戦績がふるわず苦しい時期も長かったためそうした選手の厳しさもよく知っているだろう。他方、トップレベルの選手の受けるプレッシャーも経験している。また、先輩選手の引退後の困難も「当事者の目で」よく見ていたはずだ。当事者としてその分野の問題点に気付いた人が、「誰もやらないなら、自分がやる」と研究者に転身することはよくある。町田さんも、そういう進路変更であったのかもしれないと、私は思った。
研究者であれば、状況のデータを集め、比較検討して問題解決方法を考案することができる。また、実験的なショーやスケート教室などを行い、評価することで効果が実証できる。その結果を現場にフィードバックすることもできるし、実証を基に政策提言を行うこともできる。以前から町田さんは「政治家」への関心を語っていたが、研究者になって行政機関に働きかける方法もある。今の町田さんの研究課題は、選手のセカンドキャリア問題に絞られているが、将来的には研究者の立場から、フィギュアスケート選手の置かれた環境を変えていけるかもしれない。町田さんの選択は、「仲間や後輩の置かれた環境をより良くする」という決意とも取れる。他方、研究者は「誰かのため」ではなく「自分のため」に研究を行う。そうでなければ続かない。国際試合でまで本を広げる町田さんは、研究にのめりこんで楽しいと思うから、進学することにしたのだろう*2。
以上は、私の憶測である。本当はまったく関係なく、町田さんは研究者を志したのかもしれない。こういう誰かの内面を詮索するのはナンセンスな気もするが、思うところがあったので書いた。なんにせよ、町田さんの研究者としての活躍を期待しています。ぜひ、論文読みたいです。