今年の十冊

 今年はほとんど読書はしませんでした。博士論文を書き上げるまでは仕方ないかとは思いますが、ちょっと悲しい状況です。

藤岡淳子「非行・犯罪心理臨床におけるグループの活用: 治療教育の実践」

 今年は、島根あさひ社会復帰促進センターPFI刑務所)を、講師として二度訪問しました。修復的司法の講義をしたあとにグループワークをしたり、性暴力プログラムに参加したりしています。藤岡さんのプログラムを進める中心メンバーで、刑務所での実践もこの本では報告されています。藤岡さんは一対一のカウンセリングではなく、同じ経験をしたメンバーが経験を共有していくグループでの教育を中心に据えています。「正しい教師」が教えるのではなく、自分たちの経験から学んでいったり、同じ失敗をした人の歩みから学んでいきます。なかなか刑務所での教育は外に情報を出せない中で、貴重な資料です。

岡本茂樹「無期懲役囚の更生は可能か―本当に人は変わることはないのだろうか」

 岡本さんは、ある無期懲役囚とロールレタリングという心理療法に取り組んでいます。罪を犯して「死んで償います」と言っていた無期懲役囚が、自分の人生を見つめ直す中で、「死を望むことは逃げでしかない」と気づいていきます。人間は辛い状況を耐えるために、自分の痛みを無視していくうちに、痛みを感じなくなることがあります。そして、反転して他人の痛みも無視してしまいます。支えてくれる人と出会い、心の傷と向き合う中で、初めて痛みの感覚をもう一度取り戻し、被害者の痛みにも思いをはせるようになります。しかし、まだ二年では入り口に立ったばかり。「加害者の更生」がどれだけ長い道のりであるかを教えてくれる本です・

小早川明子「「ストーカー」は何を考えているか」

「ストーカー」は何を考えているか (新潮新書)

「ストーカー」は何を考えているか (新潮新書)

 日本で唯一のストーカー専門のカウンセラーである、小早川さんの臨床に基づく入門編です。ストーカーは、「軽微なマナー違反」から、「民事訴訟レベルでの嫌がらせ」、そして「警察介入が必要な暴力」まで段階が上がっていきます。カウンセラーに必要なのは段階を見極め、緊急度に応じて介入を行うことです。小早川さんは、一般のカウンセラーとは違い、被害者から相談を受けると、自分から加害者に会いに行きます。この方法が、心理療法の枠組みで適否はわかりません。他方、加害者と取っ組み合って向き合った体験に基づく報告は臨場感があります。加害者の底にある寂しさや見捨てられ恐怖に触れ、暴力をやめていくよう説得する小早川さんの熱意が伝わってくる一冊です。

島津あき「親なき子―北海道家庭学校ルポ」

親なき子―北海道家庭学校ルポ

親なき子―北海道家庭学校ルポ

 トラブルを起こして、家庭にいられなくなって「北海道家庭学校」に来た子どもtたちのルポルタージュです。多くは虐待を受け、傷ついて他人との関係の作り方を見失っています。この本では、この学校を出てから、独立していくことがかれらの重荷であり、実際に難しいことが明らかにされています。

杉原美津子「生きてみたい、もう一度」

生きてみたい、もう一度

生きてみたい、もう一度

 新宿西口バス放火事件で、見ず知らずの男の起こした事件で、全身に大やけどを負った杉原さんのエッセイです。痛みと残った傷に苦しみながらも、杉原さんは加害者の生に思いを馳せようとします。事件の当日、杉原さんは仕事や私生活で疲れ果てて「死にたい」という思いにとらわれていました。そう思っていた自分が、殺されそうになったという状況を、克明に分析していきます。そして、貧困の中で社会を恨んでいた加害者を、理解しゆるそうとします。それと同時に、事件後の苦しみの中で、「死んでしまいたい」と杉原さんは思い続けます。その複雑な葛藤が語られています。なお、杉原さんはこの後も書き続け、この本に書いてあることが「終わり」ではありません。
炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡

炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡

アーサー・フランク「傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理」

傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理

傷ついた物語の語り手―身体・病い・倫理

 有名な本ですが、事情があって再読しました。私はよく語られる「語りによる心の傷の修復」よりも、「どんなに回復しても物語が破断することがあること」のほうに関心があることを、再確認しました。

信田さよ子「カウンセラーは何を見ているか (シリーズケアをひらく)」

 職業カウンセラーとして、新人時代から独立して自営業となるまでの経験が書かれた本です。来てもらったクライアントに、相談料ぶんのサービスを提供する「仕事としてのカウンセリング」の話です。初めて、精神病院で勤めた時の動揺と、その背景にあった心の傷についても語られています*1

ヘーゲル精神現象学

精神現象学

精神現象学

 一年かけて有志の読書会で読了しました。私は宗教章が最高にエキサイティングだと思いましたが、一緒に読んだ人の中には「宗教章はいらない」という人もいました。どこに惹かれるのかは人によって違うのかもしれません。

アントナン・アルトー「演劇とその分身 (アントナン・アルトー著作集)」

演劇とその分身 (アントナン・アルトー著作集)

演劇とその分身 (アントナン・アルトー著作集)

 事情があって再読していたら、挟み込まれていた解題に、飴屋法水さんが寄稿していました。飴屋さんは「アルトーは何度も読んでいるのに、まったく覚えていない。セックスを何度しても、一回ごとの経験を思い出せないのと同じだ」みたいなことを書いていました(うろ覚えです)。私は飴屋さんの作品は観たことがないので、一度見に行きたいとそのとき思いました。その数日後、2014年の岸田戯曲賞が発表され、飴屋さんが受賞されました。内容よりも、そのことが印象に残りました。

トマス・マン「魔の山

魔の山〈上〉 (岩波文庫)

魔の山〈上〉 (岩波文庫)

魔の山〈下〉 (岩波文庫)

魔の山〈下〉 (岩波文庫)

 実はまだ読了していません。何年も、海外にいくときに持参しています。そんなに機会があるわけでもないので、遅々として進んでいません。やっと下巻の四分の三まできいました。来年こそ読み終わりたいです。

*1:性暴力については、何箇所か引っかかる部分はありました