今年の十冊

 読書量が少なく、あんまり紹介記事も書けなかった一年でした。

坂上香「ライファーズ 罪に向き合う」

ライファーズ  罪に向きあう

ライファーズ 罪に向きあう

 ずっと、刑務所の問題を追っている坂上さんの、ライファーズ終身刑に処せられた人)たちに詳しく取材したルポルタージュ。受刑者の多くが、虐待を生き延びたサバイバーでありつつ、ひどい犯罪をおかした加害者であることを、正面から描いている。以前の紹介記事は以下。

坂上香「ライファーズ 罪に向き合う」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130531/1369980171

坂上さんの新作映画「トークバック 女たちのシアター」も、すでに仙台と東京で上映会が行われたとのこと。Webサイトでは制作ノートも公開されている。

「out of frame」
http://outofframe.org/

牧野雅子「刑事司法とジェンダー

刑事司法とジェンダー

刑事司法とジェンダー

 警察官だった過去を持つ牧野さんが、元同僚が起こした性暴力事件を詳しく調査。取り調べの中で警察が、最初から性暴力加害者の動機や心情のストーリーを想定し、それに沿った自白をさせていることを指摘。「(男性の)本能による性暴力」が、立件過程の中で(男性)捜査員と(男性)加害者の共同作業によって、作り上げられているのかを明らかにした。被害者支援団体が警察に(女性)性暴力被害者への配慮をいくら求めても、内部で流通している性暴力神話・性差別を解体しない限り、差別が強化されてしまうことを訴えている。
 今年のジェンダー系の研究者の中で、一番話題になった本かもしれない。過去の経験や知見を活かして、警察の内部事情に迫った面では、新しい視点を提供している。ただ、私は読んでいて、「加害者の内面はこの本ではほとんど踏み込めなかった」と思った。インタビューを通してなんとなく感じる、性暴力加害者の「とんちんかん」というような自己正当化の心理については、よくわからないままだった。こうした加害者の内面は、手紙や面会でのインタビューでは切り込むのに限界があり、長い時間をかけた加害者の回復(があるとするならば)の過程を追うことで明らかになるのだろうと思う。坂上香「ライファーズ 罪に向き合う」と併せて読むとよいかもしれないと思う。

木全 和巳「児童福祉施設で生活する“しょうがい”のある子どもたちと“性”教育支援実践の課題」

 児童養護施設で生活し、特に知的障害を持つ子どもたちに対する性教育について、現場での試行錯誤している実例を紹介しながら、論じている一冊。性的虐待の被害に巻き込まれる子どもや、加害者になってしまう(そして過去に被害の経験を持つこともよくある)子どもと、どう問題に取り組むのかについて議論がなされている。自慰や子ども同士の性暴力の問題も挙げられている。
 とてもいいのは、「子どもたちを教育する前に、自分たちが性の問題に取り組まなければならない」と考え、教員同士のワークショップを行っている事例が紹介されていることだ。大人であっても、性に対して話すときには緊張することや、性的な傷つきを避けるための工夫が必要なことを、真正面から取り扱おうとしている。
 今年ついに、東京都の七生養護学校事件の最高裁判決も出た。東京都教育委員会や東京都議会議員が、子どもたちへの性教育を中止させ教材を取り上げたことは、不当介入であったと裁判で認められたのだ。この本は、裁判の最中である2010年に刊行された本で、紹介しようと思いながら先延ばしになってしまっていたので、今回取り上げた。

松本大洋「Sunny」

Sunny 第1集 (IKKI COMIX)

Sunny 第1集 (IKKI COMIX)

 児童養護施設で暮らす子供たちを描いた作品。以前に紹介した記事は以下。

松本大洋「Sunny」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130821/1377096650

杉山春「ルポ虐待――大阪二児置き去り死事件」

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

 二児を置き去りにして死なせてしまった母親の事件と、それに至るまでの経緯を丁寧に取材した一冊。虐待する母親が置かれた困難な状況が明らかにされ、話題となった。以前に紹介した記事は以下。

杉山春「ルポ虐待――大阪二児置き去り死事件」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130926/1380188306

宮地尚子「トラウマ」

トラウマ (岩波新書)

トラウマ (岩波新書)

 精神科医でトラウマ研究の第一人者であり、性暴力の被害者支援にも積極的にかかわってきた宮地さんの新書。心理ケアに関心がある人の入門書として最適だろう。そして、「はじめに」で宮地さんは次のように読者にくぎを刺す。

 震災や大規模な事件・事故、犯罪被害などのあと、「心のケアが必要だ」と多くの人が言うようになりました。けれども「心のケアが必要だ」というとき、そこに主語はありません。「心のケア」とは、いったい誰が、何をすることなのでしょう。
 メンタルヘルスの専門家が現地に赴き、カウンセリングをすることでしょうか?そうではないはずです。もし、「心のケア」という言葉が被災者・被害者の傷つきを癒す役割をメンタルヘルスの専門家に任せ、それ以外の人は「心のケア」に関わらずにすむための口実に使われるなら、それはとても怖いことです。
(酛〜醃ページ)

 「心のケア」の究極は、相手に寄り添い、相手のペースに合わせて話に耳を傾けること、沈黙も尊重しながら、そばにいることです。専門家だからといって、なにか特別な秘密の技術があるわけでもありません。誰でもしようと思えばできることなのです。もちろんはじめは、心の傷を負った人にどう接すればいいのか、とまどうかもしれません。相手の思いがけない反応に、驚いたり腹が立ったりするかもしれません。どこまで突っ込んで話を聞けばいいのかわからないかもしれません。聞いてしまった自分の方がショックを受けて不安定になることもあるかもしれません。それでも、とまどいながらそばによりそい続けることには、計り知れない価値があることを忘れないでほしいと思います。
(醱〜ⅺページ)

こういう当たり前にみえるけれど、けっこう難しいことを、やさしい言葉できちんと書く専門家は貴重な存在だと思う。上の部分は、深いトラウマを負った人たちと関わってきた人のほうが心にしみるのではないだろうか。寄り添うのが一番大事だけれど、一番難しい。
 内容は基本的なトラウマについての知識を、事例を交えながら学べるようになっている。宮地さんの考案した環状島モデルも紹介されている。

環状島=トラウマの地政学

環状島=トラウマの地政学

 最終章の「トラウマを耕す」は、芸術とトラウマの密接な関係を慎重に書いている。「アート・セラピー」のように、トラウマを癒す目的として芸術を利用するという話ではない。これまで名作とされた芸術表現の中には、トラウマと関連するものが数多くあるという指摘がなされている。トラウマを負うということは、人間が普遍的に持つ弱さに直面することであるし、それを乗り越えていこうとする力を発揮することでもある。さらに、トラウマが創造力や想像力、知恵の源泉となることもある。芸術を通して、トラウマを負った人が社会にメッセージを発信したり、自分と体や、自分と周囲との関係性を回復させる可能性もあるのだ。たくさんの芸術作品がこの章では紹介されている。そして、少女マンガについても、以下のように触れられている。

 日本のマンガについても少し触れておきたいと思います。とくに少女マンガ(少年マンガはあまり知らないので)の質の高さは特記すべきものがあり、トラウマやその回復についても、専門書よりよほど的確に描写されている作品が多いように思います。萩尾望都吉田秋生こうの史代よしながふみなど、名前を挙げればきりがありませんが、トラウマを病理化せず、創造性につながる形で、読み手を(時には作り手である自分自身をも)回復や希望に導く空間がそこにはしっかりと確保されています。これには、二〇世紀後半、女性の社会進出がまだ限られていた時代に、才能を発揮できる数少ない場として少女マンガ界が存在していたという背景が大きいと思います。しかも若い書き手が、ほぼ同世代か少し下の女性たちに向けて作品を描き、それがビジネスとして成り立つというしくみができていたわけです。
(248〜249ページ)

このあとの、少女マンガ家の竹宮惠子とのやり取りに触れた、「闇をみつめる」という箇所が鮮烈なのだけれど、そこについてはさらりと書かれて終わってしまった。中途半端に引用すると誤解を生みそうなので、この部分は引用しない。

風と木の詩 (1) (中公文庫―コミック版)

風と木の詩 (1) (中公文庫―コミック版)

 宮地さんはこの芸術に関しての章を、作品をつくっていく過程が重要であるのであって、有名なアーティストになることが目的ではないとして締めくくっている。「『何者』にもならなくていいということ。それがトラウマにもたさらされる想像力や創造性の帰着点です。そして、それがまた新たな想像力や創造性の原点となるのです」(251ページ)。

みわよしこ生活保護リアル」

生活保護リアル

生活保護リアル

 生活保護の受給者へのバッシングが年々、激しくなる中、今年は何冊も現場の声を描いた本が出ている。みわさんの本の特徴は、ビジネス系の情報媒体「ダイヤモンド・オンライン」で連載を行った後、刊行されたことである。(現在も連載は継続中)

みわよしこ生活保護のリアル」
http://diamond.jp/category/s-seikatsuhogo

福祉関係者や、さまざまな支援関係者の中では、生活保護受給者の生活の厳しさや、そこから抜け出す困難さはよく知られている。科学・技術分野のライターであるみわさんは、生活保護を受給する数多くの友人に「何ができるのか」を考え、「世間」の無理解を変えようと考えた。そこで、あえて、予備取材を重ねたうえで福祉と遠いと思われるようなビジネス系の情報媒体へ記事企画を持ち込んだ。

 当初、単発記事としての掲載が二〇一一年末に予定されていた「生活保護のリアル」は、紆余曲折を経て二〇一二年六月に連載での開始となった。その直前の二〇一二年四月から、お笑い芸人・河本準一氏の母親が生活保護を受給していたことをきっかけとして、いわゆる「生活保護バッシング」が激化していた。連載は偶然にも、生活保護問題への社会の関心の高まりの待っただ中でスタートすることになり、大きな反響を呼んだ。若干の誹謗中傷はあったが、予想される範囲のことであった。私は、非常に多数の読者からの真摯な反応に驚いた。「生活保護制度とは何か」「生活保護の当事者はどういう人なのか」「生活保護の周辺では誰がどのような立場で何をしているのか」といったことに関心をもう人々は、私が予想していたのよりもずっと多かったのだ。
(鄴ページ)

 本の中では、服役経験のある人、公務員だった人、DVから逃げてきた人、精神障害のある人、働きたいけれどうまくいかない人など、当事者の実情が描かれている。そして、貧困と教育や支援について、どんなことが行われ、現場の人はどう思っているのかが明らかにされる。

 生活保護については、当事者や支援者の立場から書いた本も出ている。

生活保護とあたし

生活保護とあたし

ひとりも殺させない: それでも生活保護を否定しますか

ひとりも殺させない: それでも生活保護を否定しますか

以前に紹介した記事は以下。

生活保護についての入門書」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130515/1368602589

 インターネットの連載でも、まさにいま失職して、生活保護の受給申請をすることになった女性が、体験記を綴っている。職がなく家賃が払えないことへの恐怖や、生活保護を申請することへの当事者としての抵抗感を丁寧に書いている。(連載中)

歯グキ露出狂「失職女子。」
http://mess-y.com/archives/category/column/shisshoku

吾妻ひでお失踪日記2 アル中病棟」

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

 マンガ家吾妻さんの、アルコール依存症体験記。前作の「失踪日記」の続編で、入院してからの様子を描いている。
失踪日記

失踪日記

病院での生活や、断酒会・AAのミーティング、人間関係トラブルなど。巻末の対談で、吾妻さんは「アル中の合宿所」みたいなところだったと、病院について語っている。
 吾妻さんが、若年のアルコール依存症月乃光司と、アルコール依存症の人と結婚していた西原理恵子と対談した本も面白い。
実録! あるこーる白書

実録! あるこーる白書

西原さんには、批判もたくさんあるのだが、この対談では、元夫の墓の前でしんみり泣いていたのに、だんだんと暴力を振るわれているころを思い出して、墓石を殴っていたと話す箇所がとてもいいと思う。

森岡正博+寺田にゃんこふ「まんが 哲学入門」

 森岡さんが、自分の哲学をマンガにして表現した本。マンガが好きだから、三年前に講談社にコピー用紙に鉛筆で描いて持ち込み、出版に至ったとのこと。まんまるくんという、円を組み合わせたようなキャラクターが主人公で、M先生と対話を行いながら哲学的思考を深めていくというストーリー(?)になっている。「いまという場に、できごとがピョンピョン出てくる様子」や「自分がここにいるの偶然にすぎないことにショックを受ける様子」や「『この私』が指差される様子」や「自分が生きていく道を選ぶ様子」がマンガで描かれる。読者は、哲学のよくある問いを、独特のイラストとともに、考えていくことになる。思ったよりマンガだし、思ったより哲学なので、「有名な哲学書を読む」のではなく、自分で問いの答えを模索したいけれど、どうすればいいのかわからない人(特に中高生)向けにいい本だと思う。

森達也「オカルト」

 森さんは、霊や占い、UFOや超能力を、信じるとも信じないとも言い切れないという。テレビ番組をつくっていたころから、森さんはオカルト特集に携わり、不思議な経験もたくさんしてきた。確かに説明できないスピリチュアルな体験はありえる。だが、記録をとろうとしたり、科学で説明しようとしたりすると、途端にその体験はすり抜けて、まるで「偽物」や「幻」だったように思わされてしまう。スプーン曲げの清田少年やメンタリスト、宇宙人と交信する青年。永田町の政治家を相手にした(むちゃくちゃなかんじの)占い師から、超能力を実証しようとする科学者たちまで、取材先は数多い。
 私は不思議なことが起きても、それを素通りしてしまう鈍感なタイプである。人間の悪や欲の見たくない側面には関わりが濃いが、人知を超えたものには縁がないとしかいいようがない。そういう私は森さんの率直な物言いに共感し、いっしょに揺れながら読んだ。

間に合わなかった本

 年末までに読めなかったので、また来年、ということで。

造反有理 精神医療現代史へ

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「無罪」を見抜く――裁判官・木谷明の生き方

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