【震災】トラウマケアに関する読みもの

 災害後の精神的支援に参加したいと考えている人がいるようです。私は、災害後の支援にはかかわったことがないのですが、いくつか、印象に残っている読みものを紹介します。
 精神的支援は、数年・数十年のスパンで必要になります。災害直後にできることは少ないでしょうが、人手が足りなくなれば、ボランティアとして専門家でない人も参加する機会ができるかもしれません。直接的な支援スキルに関しては、研修を受けたり、実務家について学んだりするなど、より実践的な学習が必要です。ですので、あくまでも参考です。これを読んで現地に飛び込んで試してみたりしないように、お願いします*1

心的外傷と回復 〈増補版〉

心的外傷と回復 〈増補版〉

 まずジュディス・ハーマンの「心的外傷と回復」を紹介します。一番有名なトラウマに関する本です。分厚く専門的な本ですが、とにかく一読してみる価値はあります。ハーマンが中心的に取り上げるのは、性暴力被害など対人関係におけるトラウマです。しかし、現在のトラウマケアの現場で広汎にこの本の議論は参照されています。トラウマケアの古典と言って差し支えないように思います。
 翻訳した精神科医中井久夫は、「訳者あとがき」で述べているように、1995年に阪神淡路大震災を経験し、一年を過ぎたころから取り付かれるように訳しました。それまであまり知られていなかった「トラウマ」という言葉は、1995年以上急激に注目を浴びるようになります。震災数ヵ月後には「こころのケアセンター」が設立され、中井さんもそこで勤務するようになります。
 中井さんの報告は以下のPDFで読むことができます。以下に簡単にまとめます。

「検証テーマ『こころのケアの推進』」
http://web.pref.hyogo.jp/contents/000038692.pdf

中井さんは、震災直後に精神的支援の指揮をとることになります。「戦争精神医学」の知識をもとに、三日以内に安否確認や、建物のチェックを行い、後に検証できるように記録を残しています。また、心の安定のために、まず、整理整頓した部屋をひとつ作ったそうです。一週間以内には、地図を作ったり、職員の入浴を確保したりしています。そして私費や知人友人からのカンパで、現金200万円を集めています。一週間たつと、関連機関へ支援を要請し、近隣の温泉と交渉して事務職員の安価で休養に利用しています。困ったこととしては、1月30日に神戸大学が食料配布を打ち切ったため、買出しを職員がせざるをえなくなったことと、ジャーナリストや視察団の対応を迫られたことをあげています。同時に精神救護所活動が、精神医療ネットワークを中心に運営され、4月ごろまで活動しています。
 そして4月以降は、こころのケアセンターが設立され、職員が募集され面接が行われました。必要とされた医師、ナースはもちろん、PSW(精神福祉士)も少なく、臨床心理士や臨床心理学専攻の学生が集まりました。その9割は女性だったといいます。中井さんは、行政とボランティアをつなぐ役割がセンター員だと考えています。一時的なケアを行うのがボランティアであり、継続的なサービスを行うのが行政であるため、その両者を併せ持ち調整する役割を担うのです。ただ、問題としては行政区と被災した人々の暮らす場所のギャップや、市と県との対立、予算不足などがあったと書かれています。
 こうした直後の活動のあとにも、こころのケアセンターは活動を続け、仮設住宅や災害復興住宅の住民への訪問や移動相談・電話相談など、継続的に支援を行っています。集計結果をみると、震災から4年後まで相談件数は増え、5年目で減少しています。災害後の極限の物理的な困難が落ち着いたあとにも、精神的支援のニーズがあり続けることが読み取れると思います。
 こころのケアセンターは相談業務は5年後に終了し、一度閉じられています。その後、二年の準備期間を経て、「兵庫県こころのケアセンター」が設立されました。ここではトラウマ研究や、支援職を対象にした研修を行っています。

兵庫県こころのケアセンター
http://www.j-hits.org/function/index.html

センターでは、災害後の精神的支援のマニュアルである「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き 第2版」を翻訳し、PDFで公開しています。

サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き 第2版」日本語版
http://www.j-hits.org/psychological/index.html

現場での具体的な支援方法がやさしい言葉で説明されています。こうした息の長い活動が今も兵庫県では引き継がれています。
 また、中井さんは率直な人で、自らが被災したことでトラウマを負い、心理的な反応を経験したことも繰り返し語っています。私は未読ですが、中井久夫「隣の病い」にも「阪神大震災後四カ月」というエッセイが収録されているようです。

隣の病い (ちくま学芸文庫)

隣の病い (ちくま学芸文庫)

他の人の感想などを読んでいると、中井さんは「『情報を寄越せ』『情報がないと行動できない』という言い分は、一見合理的にみえて、行動しないこと、行動を遅らせることの合理化であることが少なくない」と述べているそうです*2。中井さんは今web上で言われている、「学生ボランティアは来るな」というような言葉とは逆の内容の経験談を繰り返し述べています。「ボランティアはいてくれるだけでいい」「待機していてくれると、予備の人員がいるとして、安心して没頭して働ける」というようなことを言っています。もちろん、ボランティアが押し寄せたため、現場の人が迷惑をこうむった場合もあるでしょうが、行政ではなく医師の感想として参考にはなると思います。
 中井さんが編集した本には「1995年1月・神戸―『阪神大震災』下の精神科医たち」もあるようです。
1995年1月・神戸――「阪神大震災」下の精神科医たち

1995年1月・神戸――「阪神大震災」下の精神科医たち

 そして、精神科医が書いた阪神淡路大震災後の精神的支援の記録に、安克昌「心の傷を癒すということ」があります。
心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)

心の傷を癒すということ (角川ソフィア文庫)

安さんは、取り乱した被災者に、外部の人間が寄り添うことで、平静が取り戻されることや、デブリーフィングについて述べています。また、この本では「リアル病」という強烈な概念を提起しています。震災後に目にする生々しい建物の損壊や、毎日直面する死の問題が起きる状況を、「<本当の>現実」だと感じ、平時の現実が偽者であるかのように感じられる心理状態を、「リアル病」と呼ぶのです。私はこの本には強い影響を受けています。
 以上が、私が今のところ思いつく範囲で、印象に残った読みものです。ほかにもまた思い出すかもしれません。以下のmixiのコミュニティでも情報を集めているようです。会員になっている人は、参考にしてもいいかもしれません。

地震・災害とPTSD@東日本大地震
http://mixi.jp/view_community.pl?id=5523303

 

*1:見るのとやるのは大違い。もちろん、みなさん、わかってらっしゃるとは思うのですが、念のため

*2:これを機に私も購入しましたので後日確認したいです