橋下知事は被害者を見捨てるつもりなのか?

 大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)の、運営団体「大阪府男女共同参画推進財団」を廃止する案が提出された。財政上の理由で、人件費や運営のあり方が問題視されている。要するに、赤字なのだ。
 しかし、当たり前である。現在の日本の社会では、民営でドーンセンターのような役割を果たす機関を維持することは不可能である。私は、性暴力、犯罪、DVなどで被害を受けた人の支援に関わる際、何度かドーンセンターを利用している。東京の支援関係者には、よく、「大阪はドーンがあるから羨ましい」といわれた。
 ドーンセンターの3階は「サポート・カウンセリングルーム」になっている。心理相談、からだの相談、法律相談、不妊にまつわる相談を、面接と電話で受けている。すべて無料である。*1
 多くの被害者は、金銭的に苦しい状況にある。民間のカウンセリングルームでは、一回の面接(50分程度)に五千円〜一万円くらいかかる。週に一回、安いカウンセリングルームに通っただけで、月に二万円かかる。たとえば、DV被害にあっている専業主婦は、そのお金をどこから調達すればよいのだろう。*2
 また、ドーンセンターの会議室を利用している団体の多くは、ボランティアグループや、NPO/NGO団体である。もちろん、被害者を支援する団体も勉強会や研修を行っている。さらに、自助グループも、ドーンセンターを利用することができる。これらの活動内容は、なかなか表に出てこない。なぜならば、おおっぴらに知られてしまうと、悪意を持った人たち(残念だけど少ないない)が、嫌がらせをしてきたり、被害者を装ってアクセスしてくる可能性があるからだ。また、多くの被害者は(社会情勢上)自助グループに参加していることを知られたくないと思っている。そこで、これらの支援・自助の活動内容は、報告されないことになる。(逆に、事情を知らない人から見れば、「何をやっているのかわからないグループ」と、怪しまれることになる)
 さらに、重要な役割として、啓蒙活動がある。「いまどきフェミニズムだなんて」と思う人もいるかもしれない。「男女平等は実現されている」と思う人もいるかもしれない。けれど、50歳以上の女性で、「男性の前だと、話すのが怖い」「これまで、夫に逆らったことがない」「40℃の熱が出ても、家事を休むなんて考えられない」という人は、たくさんいる。そして、多くはDVの状態にあるが、自身の至らなさを責め続ける。ところが、ドーンセンターのフェミニズム講座に出たことをきっかけに、「私は、自分の人生を、自分で生きていいのだ」と思い直し、夫や家族との関係を見直したり、ライフプランを考え直したりする。*3
 加えて、「ドーンセンターがある」ということによる、安心感がある。無料で回復に役立つ本も借りられるし、静かな場所で勉強することもできる。いざとなれば駆け込める。ドーンセンターが被害者の支援にはたして来た役割は大きい。もちろん、私の上記の書き方にも2,3あるように、ドーンセンターは女性に焦点をあてた支援を行っている。そこで女性でない人に対する支援が十分でない、という批判はありえる。そうであれば、さらにドーンセンターに予算を増やし、男性相談も積極的に行っていくべきである。
 採算度外視だからこそ、できることがある。*4ドーンセンターは、どんなに赤字が増えようとも、大阪府が誇るべき施設である。ドーンセンターは他府県から羨ましがられるような取り組みを行っている。たこ焼き食べたり、SMAPとだべるのより、ずーっとずーっと意味のある役割を担っている。

 そもそも、橋下知事は、「被害者のために」とテレビで発言してきたはずだ。「被害者の気持ちを考えろ」とあれだけ言った人が、なぜ、被害者を見捨てようとしているのか。たとえ、被害者は、加害者が死刑になったとしても、その苦しみは終わらない。
 被害者の、悲惨さとは、被害後も生きていかなければならないことである。朝が来て、おなかがすいたり、トイレにいったり、眠くなったりする。あまりにも平凡な毎日が来るが、気持ちはそれについていけないし、生活も維持できない。
 あらゆる被害が起きることを防がなければならない。しかし、おきてしまった被害後の被害者が、それでも生きていく希望を持てる社会を作らなければならない。
 橋下知事は、法律の世界から、政治の世界へと移ってきた。そのときに、「被害者の気持ちを考えろ」と言ったことを忘れたわけではあるまい。政治的な、被害者支援を進めて欲しい。
 私が、この件に今日まで触れなかったのは、知らなかったからでも、興味がなかったからでもない。あまりにもしんどいニュースで、触れることができなかった。これまで、自分が支援に関わってきたこと、被害・加害の問題について考えてきたことは、なんだったのだろう、と思った。できるだけ、地道に考え、慎重にやってきたはずだ。それなのに、突然やってきた知事によって、これまでのドーンセンターの取り組みは、粉塵に帰すかもしれない。そう思うと、絶望しそうになる。
 おそらく、このような気持ちは、活動に関わる多くの人たちが味わうことなんだろう。これくらいのことで、めげる私は、先輩活動家から笑われるかもしれない。とにかく、絶望せずに粘るしかない。*5希望を持つことが、唯一、理念を捨てずにすむ方法だからだ。理念のない現場に残るのは、メソッドと借金と、当事者の苦悩だけである。

*1:おそらく、この人件費だけで、間違いなく採算はとれなくなるだろう。

*2:もちろん、働いていても捻出するのは難しい。また、被害をきっかけに職を失うケースは少なくない。

*3:ウソみたいな話だと思うかもしれないが、。単に私が、ドーンセンターで知り合った複数の女性から「私はこうなのよ」と雑談で教えてもらったことである。

*4:逆に、採算を意識した支援は、非常に困難である。なぜなら、効率の良い回復や支援はありえないからだ。お金をたくさん払っても、回復は早まらない。そして、支援者が回復を早めようとした瞬間に、支援は失敗に終わるだろう。支援者は、ただ当事者の回復を待つだけである。こういった事業は、ものを生産したり、販売することとは、別のエコノミーがある。その結果、なんとか採算をとろうとすると「回復の早そうな被害者」をスクリーニングして、優先的に相談者にしたくなるものだ。民間であれば、それも可能だろう。(実際、公言しなくても、それに近いことは民間の支援組織でおきているようだ)ドーンセンターでそういう相談者の選り分けが一度もなかったかどうかはわからない。しかし、少なくとも、採算をとらなくてよいぶん、引き受けるキャパシティは大きくなっている。

*5:といいつつ、実際の行動にはまだ移せていません。やっと、この問題を直視する心構えができたところ。のろまですいません>行動に移している人たち