坂上香「ライファーズ 罪に向き合う」

ライファーズ  罪に向きあう

ライファーズ 罪に向きあう

 著者の坂上さんは、1990年代からずっと米国の刑務所の状況や、受刑者や依存症者の回復や社会復帰を支える団体「アミティ」の取材を続けてきた。アミティの用いるTC(Therapeautic Comunity)と呼ばれる心理療法は、日本でも注目され、島根あさひ社会復帰促進センター*1でも導入された。TCでは、仲間とともに、これまでの過去と向き合い、洗いざらい話すことを求められる。それまで、暴力にさらされ、弱みを見せられなかった受刑者や依存症者が、傷ついた経験を仲間と共有することで回復していく。自分の痛みを無視して辛い記憶から逃げるために、薬物や暴力に依存していたことに気づいて行くのだ。そうして、自分の苦しみを受け止めてはじめて、他人の苦しみにも共感できるようになっていく。最終的には、被害者の苦しみを感じ取れるようになり、罪と向き合うことが目指されている。TCを用いた場合、受刑者の再犯率は劇的に下がると報告されている。
 この本のタイトルになっているライファーズとは、終身刑に処せられた人たちのこと。若いうちにライファーズとなった人たちは、人生のほとんどを刑務所の中で過ごす。仮釈放になる場合もあるが、何度も審議にかけられる。いざ刑務所の外に出ても、何十年も刑務所で暮らした人にとって、社会に適応するのは難しい。再犯せずに生活を立て直すのは至難の業だ。アミティは、監視・管理されて再犯する危険のない刑務所内で受刑者が自分と向き合うだけではなく、社会に戻ってまた薬物や暴力のサイクルに飲み込まれないようにサポートすることが必要だと考えている。そのため、仮釈放後の更生施設を作ることも重要な役割となっている。
 坂上さんは、このライファーズについての映画も撮っている。これまでにも全国で上映会が行われてきた。

リビング・プルーフ

リビング・プルーフ

私も数年前にこの映画を観ており、トークも拝聴した。この本はその続編となっている。しかし、本と映画では重きを置いているところが全く違うように感じた。映画では、受刑者がなんとか刑務所内でコミュニティを作ることで、人間的な関わりや喜びを見いだし、社会復帰を目指すことに焦点を当てられていた。だが、本では受刑者たちの性虐待の経験からの回復がくりかえし描かれる。男性性暴力サバイバーの回復について書いた本だと言っていいと思う。
 「加害者支援」「被害者支援」という言葉が使われる。受刑者たちは、間違いなく加害者であり、殺人や強姦を行い、厳しく処罰されている。他人を傷つけ、コミュニティを破壊し、ドラッグを売りさばいてきた、暴力的な犯罪者たちだ。加害者の「被害者性」という言葉も使われるが、こうした暴力的行為の背景に育った環境の荒廃や性暴力のトラウマがあることはよくある。それでも、かれらは間違いなく「加害者」だ。だが、かれらの辿る回復のストーリーは、「被害者」の辿るストーリーと酷似している。
 私自身が性暴力やDV、児童虐待などの暴力について考え始めたスタート地点は、性暴力サバイバーの自助グループの活動への関わりにある。サバイバーの言葉に突き動かされてきたし、サバイバーと揉めて立ち止まった。気の合うサバイバーも、合わないサバイバーもいる。私はこの本を読みながら、これまで関わったサバイバーの顔が次々と思い浮かんだ。いろんな人がいた。薬物依存で収監された人もいたし、他人をひどく傷つけた人もいた。もちろん、米国と状況は違うので、この本に出てくる受刑者のようにギャングに入って毎日撃ち合っているようなサバイバーはいなかった。でも、かれらの「誰も信じられない」「強くなければ生き延びられない」「自分なんて死んでしまえばいい」「社会の屑だ」という思いや、苦しみから逃れるために薬物やアルコールに依存したり、感覚を麻痺させたりする生き方は、私が出会ってきたサバイバーが味わってきたことだ。
 受刑者の多くが、はじめは誕生日を祝われてもぽかんとしたり、拒否したりするというエピソードを読むのはつらかった。アミティのスタッフはそれぞれの誕生日を「あなたが生まれてきてよかった」と祝い、改めて意味付けし直すことを大事にしている。私に関わったサバイバーも、同じことをしている人たちがたくさんいた。自分が生まれてきて、ここに今、存在していることを肯定すること。多くの人が当たり前にしていることを、苦しい経験をしてきた人たちは、たくさんのステップを踏んでできるようになる。暴力によって自尊心を奪われるとは、そういうことだ。
 本に描かれている受刑者の回復のストーリーには感動するし、元受刑者がスタッフとなり奔走するところも敬服する。だが、同時にかれらが「加害者」であるというところに、私の意識が向く。多くの受刑者たちが、人を殺し、強姦していること。この事実は消えない。かれらが回復していく中、暴力もふるわずに、ただ被害を受けて苦しみ、支援も受けられない人たちがいる。受刑者は人生を取り戻せるが、死んでしまった人たちは戻らない。もちろん、かれらはそれを自覚している。どんなに、罪を償っても償っても、被害者から奪ったものを埋め合わせすることはできないだろう。そのどうしようもなさを引き受けた上で、自分の人生を取り戻し、ささやかな幸せを手にして社会貢献を目指すかれらの姿を、坂上さんはそのまま書こうとしている。
 私はずっと、性暴力の被害者は加害者を憎んでいて当然だし、当人が望まなければ話をする必要もないが、被害者支援者と加害者支援者は対話・協力することが必要だと思ってきた。被害をなくそうとしたとき、加害者の問題に取り組むしかない。ここ数年、性暴力について積極的に発言してきたのは、薬物依存者の自助団体女性ダルクだし、かれらの多くは元受刑者である。単純に「被害者が加害者になる連鎖」の話はできない。なぜなら、その「連鎖」ということ自体が、被害者を縛る鎖になることがよくあるからだ。それでも、両者を切り離すことはできない。
 もちろん、加害者について考えたい人にはお勧めの本だが、できれば、性暴力被害の支援者に読んで欲しい。
 坂上さんは、一時期、大学の先生をしていたが、今は映像作家の仕事に専念しているとのこと。次回作は、米国のHIVに感染した女性たちが取り組んでいる演劇のプロジェクトがテーマだそう。タイトルは「トークバック 女たちのシアター」。

ホームページで活動資金のカンパを募集している。

「Out of frame」
http://outofframe.org/top.html

*1:民共同の経営する刑務所。先鋭的な回復プログラムや更正プログラムを取り入れてる