「性的虐待経験者が性産業で働く理由とその実態調査 支援編」
先ほど、郵便で届いたので、パラパラめくっただけなのですが、なかなかの衝撃だったので、紹介します。
「女性ヘルプネットワーク」*1という団体が、2010年度から、「性的虐待体験者が性産業で働く理由とその実態調査」を開始しました。その結果報告は、冊子にまとめられ、私も一部をいただきました。その概要は、インターネットでもみれます。こ
「2010 年度ファイザープログラム~心とからだのヘルスケアに関する市民活動・市民研究支援事業 性的虐待体験者が性産業で働く理由とその実態調査」
http://www7b.biglobe.ne.jp/~whnetwork/whnetwork2011_1.pdf
そして、継続して調査が行われ、「性的虐待経験者が性産業で働く理由とその実態調査 支援編」という冊子にまとめられました。それを今回、いただいた次第です。
前半は、支援団体の聞き取り調査で、10団体の活動報告が掲載しています。こちらは、よくまとまっていて参考になります。が、重要なのは、後半の当事者への聞き取り調査です。今までの研究報告や、性暴力の専門書ではなかなか目に触れにくい*2サバイバーの声を拾い上げようとしています。「専門家の支援」への疑い、ワンストップサービス偏重への疑念や中長期支援の必要性、警察からの二次加害の深刻な問題、当事者が支援者になることの困難と希望、自助グループと支援者の緊張関係、加害者支援に対する被害者支援者の取り組みの必要性、男性被害者の声、「女性限定の支援」に対するセクシュアルマイノリティからの批判などなど、繊細な問題が提起されています。
そして、表題にもある「性産業で働く」ことについての当事者の話が、支援団体・支援者に向けて語られています。ある人は、「性産業がトラウマを持った人をケアする役割を果たしており、必要だ」ということを、自分の経験を通して明らかにしています。それと同時に、「自分を商品として見る」というある種の冷めた視線をことができないと、稼げないという現実も指摘しています。また、別の人は夜に眠れないから、キャバクラで朝まで働くことで、自分を保つことができたと述べています。「規則正しい生活」を支援機関から押し付けてられていたら、潰れていたかもしれないと語ります。
この聞き取り調査からはっきり伝わってくるのは、支援側に対する、当事者からの、「被害者像を押し付けるのはやめてくれ」「正しい回復の仕方なんてない」というメッセージです。前半が、支援団体の報告であり、後半は、当事者からの支援団体への批判を含む内容になっているのは、なかなかすごいな、と思いました。
性産業と性暴力の問題を、同時に扱うのは難しいことです。セックスワーカーは差別され続けており、「性産業で働く=性暴力被害の影響」と決めつけられたり、「あの人たちはトラウマのせいで、あんなことをする」と勝手な周囲の思い込みで憐れまれたりして、不快な経験をさせられています。性産業と性暴力を結びつけた調査は、そうしたセックスワーカーに対するステロタイプ化を強化する恐れもあります。その一方で、実際に、性暴力被害者の中には、性産業に従事する中で、コントロールかできなくなり、うまく働けない経験、傷ついた経験をする人たちがいます。その人たちを念頭において、性暴力被害の支援者は、セックスワークを「逸脱行為」だとみなして、性産業から離れることを回復だとみなしたりすることがあります。セックスワークは、対価を得て生活をしていくための仕事なのですが、「被害の再演*3」だと一律に病理化して、ケアしようとする支援者さえいるのです。こうした支援側の思い込みを解くためには、多様な経験をつまびらかにした調査が有用でもあると思います*4。もちろん、支援側が、目の前の人の話をそのまま受け取って、性産業で働く人の話に耳を傾けることができれば、この調査も必要ありません。でも、目の前の人の話を聞くというのは難しいことでもあるので、報告書を通して、少しでも支援が変わっていくといいな、と思います。
裏表紙の見返しが、高橋りりすの「サバイバーよ、勇気を出すな」だったのもよかったです。結局は、この調査でも、10人のサバイバーが勇気を出して語り、それを支援側に伝えることで、「なんとかしたい」と思ってがんばっているわけですが、本来はこんなことはサバイバーの仕事でも何でもありません。生き延びたこと、それだけでいいはずです。
「サバイバーよ、勇気を出すな」
性暴力のシンポジウムで「支援者」たちはあなたに呼びかける。
サバイバーよ、勇気を出せ、と。
「勇気を出して、カムアウトして下さい。」
「勇気を出して、裁判を起こしてください。」しかし、私はあなたに言う。
サバイバーよ、勇気を出すな。
なぜなら、あなたは充分に勇気のある人だから。
これ以上の勇気を出す必要がどこにあるだろうか。
あなたはとんでもない災難にあった。
とんでもない災難を生き残った。
あなたは、生きてこうしてここにいる。
これ以上の勇気があるだろうか。サバイバーよ、勇気を出すな。
あなたが生きていることが、あなたの勇気の証なのだ。
あなたがいるということが、あなたの勇気の印なのだ。
あなたには勇気がある。
あなたは充分に、勇気を持っている。
あなたは、勇気で溢れている。
あなたは、勇気でいっぱいだ。
あなたはひとりの人間が持ち得る限りの勇気を持っている。
誰がこれ以上の勇気をあなたに求めることができるだろうか。だから、私はあなたに呼びかける。
サバイバーよ、勇気を出すな。
(209ページ)
- 作者: 高橋りりす
- 出版社/メーカー: インパクト出版会
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*1:http://www7b.biglobe.ne.jp/~whnetwork/index.html
*2:というか、無視されてきた
*3:トラウマを負った人が、そのきっかけとなった経験を、繰り返そうとする(繰り返しているように見える)不条理な行動パターンを、「被害の再演」と呼んだりします。その中で、再び危険に遭遇することもあるため、「止めた方がいい」と考える支援者が多いです。
*4:正直に言うと、この調査を読んでも、サバイバーが性産業で働くことを頭ごなしに阻止しようとする支援者は、いくらだっていいると思いますが……でも、みんながみんなそう、というわけではないはず