ヤマシタトモコ「ひばりの朝」

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

ひばりの朝 2 (Feelコミックス)

ひばりの朝 2 (Feelコミックス)

 性的虐待を扱ったマンガだが、「被害者」であるはずの主人公の「ひばり」はほとんど語らず、周囲の人物がひたすらに内面吐露していく構成になっている。ひばりはただ、誤解され、誰にも助けを求められず、孤立して行って最後に消える。
 ネットでの書評を読んでも「ひばりの気持ちがわからない」という感想が散見された。そして、それは作品内でひばりが理解されなかった構図と同じことだ。彼女はただ、興味本位で覗き見られ、「わからない」と評され、勝手に意味を読み込まれて行く。
 彼女は声を振り絞って「あ あたしがわるいんじゃないッ」と叫ぶ。その声は誰にも届かない。彼女は「助けたい」と声をかけてくる同級師の男子に向かってこう言う。

……「助ける」ってさ …どうやんのかな …どうなったら …あたしって ……助かってるのかな …あたしって 助かんの……?

そして、彼女は息を止めてじっとして時をやり過ごすようになる。何が起きても「息を止めていたので平気でした」と繰り返し自分に言い聞かせる。
 彼女の言葉はいつも断片的で、何が起きて何が苦しいのか語れない。そして、家や友人たちの前に帰ってこなくなる。
 繰り返しの話を聞いた、性暴力の被害者の姿と私は重ねてしまう。かれらは「私はそうだった」と過去を振り返って言う。息を止めてやり過ごし、それで生き延びられた人たちの言葉だ。そのとき助かる方法を、かれらは知らなかった。「声をあげて欲しい」「泣き寝入りするな」という言葉の前に、なぜ、かれらは沈黙していくのか。「助けて」と言って助かると信じられたら、きっとそう口にしただろう。でも、周囲とのやり取りの積み重ねの中で、言葉が出なくなり絶望の中に沈んでいく。
 わかりやすい「暴力」の表現はないが、ヤマシタさんが描いているのは性的虐待の現実だと思う。伝わる人には直接的に伝わるだろう。