授業等で性暴力の描写を含む映画を上映する際の注意

 先日、「ゆるせない、逢いたい」上映会*1を行い、大変充実した議論を行いました。近日中に、報告をアップしたいと思っています。
 さて、この映画はデートレイプの問題を取り扱い、性暴力の場面も作品内に含まれます。全国の大学で、この作品の映画の上映会を企画されているのですが、いくつか注意する点があります。特に、大学の授業で上映する場合には、慎重になって欲しいと思っています。教員と学生の関係は権力関係であり、性の問題を扱うのは困難です。悪意のない言動が、学生の心に大きな傷を残すこともあります。自由参加の上映会を企画することと、授業と連動した上映会を企画することとは、まったく違うことに注意してください。
 なぜなら、性暴力被害を受けた学生が、心の準備のないままに、上映会に出席する可能性はとても高いからです。諸調査によれば、女性の10人に1人はレイプ未遂にあったというデータも出ています。高校生女子の40パーセントが無理やり触られたことがあるという調査結果もあります。多くは誰にも被害を相談できない状況に置かれています。もちろん、女子以外も被害を受けていることはあり、その場合はいっそう被害について告発することが困難です。性暴力描写に触れることに抵抗があっても、授業であるからしかたないとして、一人で不安抱えたまま上映会に参加する可能性があります。

参考:アジア女性基金「高校生の性暴力被害実態調査」
http://www.awf.or.jp/pdf/0161.pdf

 そして、自分自身で暴力であったと認識していないまま、性的に嫌がらせをされたり暴力をふるわれたりしていることは、よくあります。そうした学生にとって、性暴力の描写の場面は、トラウマを想起してしまったり、傷ついた感情が溢れてきたりするきっかけになりえます。また暴力の場面を観ること自体にたいして、恐怖を覚えることもあります。
 さらに、それまでに性的な傷つきの経験がなくても、性暴力描写に触れたことで苦しい気持ちになることがあります。人の感じ方はそれぞれであり、苦しみに共感することで被害者の問題に向き合うきっかけになる人もいれば、苦しみがトラウマになりそれ以降の人生に辛い影響が出てしまう人もいます。
 こうした懸念があるため、性暴力描写を含む映画の上映会の注意点をいくつか列記しておきます。

視聴を強制しないこと

 性暴力描写のある映画を観ることを、強制しないでください。性暴力について、人生のどのタイミングに考えるのかは、それぞれ違います。たとえ、いま性暴力の問題について触れることができなくても、将来的に別の機会に性暴力について学ぶことになるかもしれません。無理にいま、性暴力描写を視聴することを強制することは、暴力になりえます。

必要な対策:
■事前に、性暴力描写を含む映画を観ることを予告する
■出席はとらず、欠席しても問題がないことを伝える
■この映画を観ることをやめる判断をすることと、性暴力の問題から逃げることとは違うことを伝える
NGワード:
「現実を知って欲しい」「逃げずに向き合ってほしい」

映画を観る前に注意喚起をすること

 性暴力描写があると知って映像を視聴していても、気分が悪くなったり苦しい気持ちになる人がいます。そうした視聴者が出ることを前提にして上映会に臨む必要があります。また、「取り乱した=性暴力被害者」でもないことを伝え、辛い気持ちになることが特別なことではないことを、会場で共有しておきます。

必要な対策:
■出入りは自由にして、理由の如何をとわず退室してよいことを伝える
■できれば会場内にお茶やチョコレートを準備しておき、事前に必要なら渡せることを伝える
■会場の出口付近にスタッフを配置し、「途中で自分の気持ちを誰かに話したいと思ったら、声をかけてください」と伝える
NGワード:
「途中退室はできません」

感想を話す・書くことを強制しないこと

 辛い気持ちを、そのまま話すことや書くことが、その人にとって回復になるとは限りません。苦しそうな表情に見えても、無理に感想を聞き出そうとしないでください。性の問題に触れて、繊細な気持ちになっているときには、教員のちょっとした声かけが追及に聞こえることもあります。過去の経験を話さなければならないと追い詰められて、不本意なかたちでカムアウトをしてしまって後悔する場合もあります。

必要な対策:
■いま、言葉にできなければ、無理に気持ちを話したり書いたりしなくてもかまわないと伝える
■ゆっくりと自分の中で感情を受け止めることが大事だと伝える
NGワード:
「お互いの感情を吐き出しましょう」「あなたも同じ経験があるんですか?」

その後のケアについてアナウンスしておくこと

 上映会が終わった後も、視聴した側には映画の影響が数日から数週間残ることがあります。支援のトレーニングを受けていない教員は、学生の心理に積極的に踏み込まないほうがいいと思います。もし、学生の側から相談があれば受け止め、話を聞くという姿勢を持つにとどめるほうがよいでしょう。大事なのは、心理的な動揺することは当然であるとし、取り乱した学生が自責や焦りを持たずにすむように、上映会の環境を整えることです。(多くの当事者は回復する力を持っています。何かをしてあげるのではなく、余計なことをして回復の力を妨げないようにすることが重要です)

必要な対策:
■あらかじめ、学生相談室の状況などを把握しておき、学生が性について相談できる環境を探しておいて、全体に対して上映会後にアナウンスしておく
■授業で思ったことがあれば、あとからでも言ってほしいと伝える
NGワード:
「先生が相談に乗ります」

上記は、私ができるだけ準備したほうがいいと思うことを列記しました。

 私自身、(授業ではないとはいえ)今回の上映会で上のすべてを準備したわけではありません。ただ、常に「この映画で取り乱す人がいる」ということを前提において上映会を企画しています。
 もし、自信がない(特に性について考える機会の少なかった男性)教員がいれば、以下の論文を参考にしてください。

マツウラマムコ「「支援者」/「第三者」の倫理的責任 「二次被害」は終わらない「支援者」による被害者への暴力」
http://ci.nii.ac.jp/naid/40007044926

ここでは、性教育の授業の一環で、男性教員が女子学生に性暴力描写を強制的に視聴させるという暴力の一例が取り上げられ、厳しく批判されています。当たり前ですが、「若い女の子たちに、おれたち大人の男が危険を教えてやる」というような姿勢は性差別であり、そんな気持ちでいる人間に性暴力の問題を扱わせれば、二次加害が繰り返され、心に傷を負う学生は増え続けます。慎重に考えて欲しいと思います。