[展示[漫画]]京都国際マンガミュージアム「バレエ・マンガ 〜永遠なる美しさ〜」
京都国際マンガミュージアム「バレエ・マンガ 〜永遠なる美しさ〜」
http://www.kyotomm.jp/event/exh/ballet2013.php
楽しみにしていた展示なので行ってきた。夏休みということで、マンガミュージアムは子どもたち*1がたくさん訪れ、書架の前の椅子に座って真剣にマンガを読んでいた。バレエ・マンガ展も込み合っているのではないかと心配していたが、展示はあまり人気がなかった。ミュージアムスタッフがガイドをしているのを横から聞いていると、「展示は二次元の紙の資料だけでは、なかなか関心を持ってもらえないらしい。なので、映像や衣装をお借りしたり、実際にバレエのレッスンを開いたりして工夫しています」とのことだった。
確かに、バレエ・マンガファンだけではなく、たくさんの人に関心を持ってもらえるよう、気合いの入った展示だった。京都の有馬龍子バレエ団に協力をあおぎ、公演の録画映像を流したり、実際に舞台で着用する衣装(チュチュ)を展示したりいる。トゥ・シューズに触ってみるコーナーもあり、バレエを踊ったこともない人にも、わかりやすく伝えられる展示になっていた。
展示はまず、18世紀後半から19世紀にかけての図版資料から始まる。バレエ・マンガ好きなら、何度も目にしてきたマリー・タリオーニの「ラ・シルフィード」のカラー図版も展示されている。ほかには、カリカチュアされたバレリーナの図版もある。さらに、日本ではこうした資料を受けて、大正時代の少女雑誌にバレエ叙情画が描かれていた。まだ、直接のバレエの公演はもちろん、映像も手に入らない時代に、画家が作り上げた憂鬱そうで少し艶容なバレエ少女像だ。
これらは、薄井憲二コレクションから借りてきたらしい。Wikipediaで薄井さんの項目をみてみると、戦前よりバレエに関心を持ち、評論家を志した者の自分で踊ってみなければわからないとレッスンに通い、ダンサーになったとある。招集され満州に赴任し、その後、シベリアに抑留された。その中でロシア語を学び、村でバレエ映画の上映会があると知り、将校に頼み込んでみせてもらい、その華やかさに衝撃を受けたとある。復員した後は、ダンサーとして活躍し、バレエ研究や教育に尽力し、今も芦屋大学で教鞭をとっている。この薄井さんの伝記的バレエ・マンガがあれば、ぜひ読みたいと思った。
次に、初期バレエ・マンガにあたる高橋真琴、牧美也子、上原きみ子、北島洋子などの漫画家の雑誌と原画が展示されている。さすがに、私が読んでいたのは上原きみ子くらいで、あとはマンガの入手自体が難しいで初めて見た。高橋真琴といえば、文房具や手鏡の挿絵などの印象が強かったが、マンガ作品はほとんどバレエものとのこと。牧美也子は、自由にマンガが読めるコーナーに「マキの口笛」が置いてあったので、この機会に読んだ。この作品は原稿が散逸して絶版だったものの、雑誌から版を起こし、2006年に復刻されている。
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復刻版のインタビューで、作者の牧さんは当時を振り返っている。牧さんは、子ども時代に終戦を迎え、強固だった価値観が転換するのをまざまざと見ていた。戦後は銀行に勤めながら、バレエに憧れ、高価な洋書の図版を買ったりもしていたが、趣味にとどまっていた。それが、マンガ雑誌をみて「こんな表現もあるのか」と一念発起。「漫画家になりたかった」のではなく、「描きたいものがマンガなら表現できる」とバレエ・マンガを描いて投稿してデビューに至った。当時は、口笛を吹くことは女の子ははしたないからしていけない、と言われていたが、それに反発していた牧さんは「マキの口笛」というタイトルをつけて、元気で前向きな女の子の主人公の話を描いた。また、戦後は血縁関係のない保護者に育てられる子どもたちがたくさんおり、原爆症の問題も日常的だった。今読むと、「定番」で下手をすると揶揄されそうな設定だが、牧さんが描いていたころには、読者の少女たちにリアリティのある設定として受けいられたのだろう。さらに、「マキちゃん懸賞」として、マキが着ている洋服を読者にプレゼントする企画も行われている。これは大人気の企画だったようで、どうしても当たらなくて泣いて悔しがっていた読者もいたと牧さんがインタビューで話している。かわいらしく、おしゃれで、運命に負けずに実力を認められて強く生きるマキは、戦後に生まれてきた新しい女の子像の一つだったのだろう。実の母親、お姉さんらが、みんな(経済的理由で)働く女性であることも、社会背景を反映しているように思う。
そうした、いわばメインストリームのバレエ・マンガと併せて、谷ゆき子という異色なバレエ・マンガ家の作品も紹介されていた。展示のあおりには「谷ゆき子の超展開バレエ・マンガ」と銘打たれていたと思う。谷さんは、学年誌「小学一年生」「二年生」で連載していた漫画家だ。とにかく、主人公がいじめられて、かわいそうな目にあう。各連載の最後のページの柱には、それを煽るように、担当編集者が「らいげつからは、もっとかすみさんはいじめられます。谷せんせいも泣きながらはなしておられました」というような予告文をつける。たとえば、バレエの精神修行のために滝に打たれているかすみさんに、ライバルのいじめっ子が岩を落とすようにしかけ、生き埋めにするという具合だ。
この異色のバレエ・マンガ家について検索すると、個人のファンの人が特設ページを作っていた。
「谷ゆき子の世界」
http://cafe-tsumire.com/comic/tani-yukiko/index.html
サイトの作成者は、谷ゆき子の同人誌を作るという話もされているが、実現はしていないようだ。ちなみに、谷さんは1999年に亡くなり、原稿はご本人が焼き捨ててしまったとのこと*2。
展示に戻るが、バレエの精神修行で滝に打たれるというのは、橘バレエ団(現・牧阿佐美バレエ団)で行われていたようだ。少女雑誌の写真記事も展示されており、確認できる。ほかにも、別のバレエ団が富士山で慰霊祭のために、ご来光を背景に踊ったという写真記事もある。(高山病は大丈夫だったのだろうか?)日本の戦後には、独特の精神性を重んじたバレエ教育があったことを思わせる。
展示は、山岸凉子、有吉京子、槇村さとる、水沢めぐみ、萩尾望都、曽田正人の原画へと続く。それはもう、すばらしいに決まっているので割愛。特に山岸さんのペンのタッチが、「アラベスク」*3のころと、「テレプシコーラ」のころにがらっと変わっているのを目の当たりにしたり、ミュシャに影響を受けたカラー原画があったりして、舐めるようにして見た。生ミロノフ先生だ。有吉さんの原画は、「SWAN」の最終巻と、現在の続編の原画で、もっと初期の原画もみたかったが、もう無いのだろうか……もちろん、柔らかく繊細な布と髪の表現は生で見れてよかったが、最初のキラキラした真澄ちゃんやセルゲイエフ先生も見たかった。あと、レオンもいいけど、セルゲイエフ先生やルシィも……同じく、槇村さんも「Do da dancin'」の二部の原画だったが、「ダンシング・ゼネレーション」や「NYバード」が……。ファンの欲望は尽きないですよね。水沢さんだけ、りぼんの世界。萩尾望都は「フラワー・フェスティバル」の原画。私はこれは話を詰め込みすぎて未消化な作品だと思っており、あまり評価してない。でも、今回は原画は出ていないが、マンガコーナーで「感謝知らずの男」を読んで、「こっちのほうが断然いい!」と思った。曽田さんの「昴」も原画が出ていた。最後は、水野英子と魔夜峰央。水野さんってまったく知らなかった。魔夜さんの、夫婦パドドゥの映像が流れていた。
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*1:もちろん大人もたくんさいます
*2:http://kiritani.blog4.fc2.com/blog-entry-449.html
*3:私は「アラベスク」は中学生のときに、近所の女性がゴミとして捨てようと運んでいるところで、譲り受けたので、初期単行本で持っている。(捨てようとしていた女性に大変喜ばれた)「エースをねらえ」ももらった。ラッキー。でも完全版も欲しい。高いけど。