ロンドンの暴動とインナーシティ問題

 ロンドンで大規模な暴動が起きて、日本でも報道されています。組織な暴動ではないようで、指導的な人物や政治的メッセージもなく、略奪や放火など暴力が繰り返されています。中心となっているのは若者たちで、ブラックベリーという最新式の高価なケータイ電話が情報拡散に使われているため、中心層は最貧困層ではないとみなされています。
 もうすでにweb上では指摘がありますが、イギリスの都市構造は、数年前にパリで暴動が起きたフランスのものとは違います。フランスの場合は、郊外に移民・貧困層を住まわせる都市政策をとってきました。しかし、イギリスの場合は、ロンドンの中心部に散らばるようにいくつかの低所得層が集まって住むエリアがあります。このエリアに住む人々は、他地域に比べて失業率が高く、教育を受ける期間が短い傾向が社会学調査によってはっきりしています。これをインナーシティ問題といいます。web上で教科書的な資料がアップされているので、紹介します。

「ロンドンのインナーシティ問題」
http://www.nakanishiya.co.jp/books/pdf/world_49web.pdf

「1 イギリスの団地再生―背景と概要―」
http://www.ichiura.co.jp/e_saisei/page01_1.htm

二番目の記事の中に「ロンドンの社会構造」を色塗りにより図示したものがあります。黒く塗られたPowder Keg(火種の詰まった樽)と呼ばれるエリアと、今回の暴動が起きたエリアを見比べるとかたちが似ていると思いませんか?

「ほぼ同縮尺でロンドンの暴動地図と東京のスケール感を比較してみた。」
http://twitpic.com/638beo

イギリス政府はコミュニティ再生によりインナーシティ問題を解決しようとしてきました。特にブレア政権は、社会的排除の問題をとりあげ、このエリアの人々を包摂する活動をするNPO補助金を出し支援してきました。私は、以下の論文で具体例を知りました。

Religion versus Rubbish: Deprivation and Social Capital in Inner-City Birmingham
http://scp.sagepub.com/content/55/4/517.refs

内容としては、バーミンガムで暮らすエスニックマイノリティの若者たちのアイデンティティの複雑化を描いています。信仰を持つ若者が宗教を通じて自分とは異なるエスニックグループに属する若者に共感したり、同一性を感じたりする例や、敬虔なムスリム青年が路上ではヒップホップ風の服装でたむろする例などが紹介されています。そして論文の中核となるのは、キリスト教徒の住民も、イスラム教徒の住民も、ゴミ処理のようなお互いが協力しなければならない問題に直面しており、宗教上の異なりや対立があっても、それはひとまずおいておいて、実践上の議論によって交流しているのだという部分です。つまり、かれらは貧困ゆえに社会から排除されコミュニティから分断されているにもかかわらず、貧困ゆえに結び付き連帯しているという不思議なダイナミズムが働くということです。
 上のように、こうしたインナーシティ問題を解決しようとする政策や、小さい草の根の運動がなかったわけではありません。私がいま研究対象にしている修復的司法を実践する団体の中にも、こうしたエリアの対立や、若者の犯罪・ドラッグ・ホームレス化などの問題に取り組むところもあります。けれど、暴動が起きてしまった。この問題は、今回突然起きたわけではありません。火種はいくらでもありました。若者の失業、警察への不信感、その他、可能性はたくさんあります。
 この暴動について、Twitterで「ギャングとラップ」の視点から問題を考察している人がいます。次がまとめです。

イギリス、ギャングによる暴動のbcxxxさんのつぶやき
http://togetter.com/li/172301

bcxxxさんは、いまwebでこの暴動に「共感している人はいない」というような批判的なコメントをしている在英日本人の多くは「被害者の視点」で語っていることを指摘します。しかし、反対に英国のラップをやっている若者たちは、この暴動に共感していることを報告しています。bcxxxさんは「加害者の視点」に立って、この暴動が起きるに至った背景を見ようとしています。そして、暴動が起きる前に公開されてきたラップやそのパフォーマンス自体が、社会に対する怒りを表明し攻撃する内容であり、それが実際行動に移されたことについての衝撃を語っています。以下に引用します。

もしかして、っていうかたぶんイギリスのラップ音楽にも興味がなく、現地に知り合いが居ない/住んでいない人にとっては、このロンドンの暴動を何か政治的な意味で肯定的に捉えたりする人が居るかも知れないけど、自分は全くそうではない。
自分にとっては、この暴動は、ずっと完全なアンダーグラウンドの世界で、でもYouTubeの映像を通して日常的に触れていたり、twitterで会話をしたりした人たちの姿が、突然マスメディアの前に出現した。何よりそういう意味があります。それがよりによってこの暴動だった。
自分が聴いてきた音楽、その特異なカルチャーがどこから出てきたのか、それをはっきり確認できた体験でもある。彼らはリアルだった。本当に彼らが音楽で体現していた存在そのままだった。フラストレーション。攻撃性。威嚇。反権力。反社会。
そのリアルが、こういう形で本当に地上に噴出したことに、ちょっと呆然としている。そういう感じです。

彼らのラップのビデオも紹介されているので、リンクします。

My GRIME Thing by hisasimi
http://www.dragontape.com/v/3335366-my_grime_thing#stopped

bcxxxさんは、かれらは「怪物じゃない」し、「彼らも色んな悩みや喜怒哀楽を抱えた、日本だったら郊外のコンビニの前に居るようなティーンエイジャー」だと指摘しています。もちろん、だからといって暴動が許されるわけでもないし、被害にあった人びとの気持ちを考えると肯定もできないでしょう。それでも、かれらがこんなふうに行動したのは「未来がない」からだと言います。ラップをやっているかれらの状況は以下だとbcxxxさんは指摘しています。

こんなことが起きなければ、彼らが注目されなかったことが、悲しい。音楽で頑張ってる奴もいっぱいいるのに。
世界でいちばん先端で面白い音楽を作り出した奴らなんだよ。でもみんな聴こうとしなかった。売れなかった。音楽では食えない。犯罪をし続けるしかない。
白人がやってないと売れないんだよな。Giggsは例外。ほんとは需要があったはずなのに、売る側がピックアップしなかった。
いやまあ音楽じゃなくて犯罪頑張ってる奴の方が多いと思いますけどね…。

私もweb上で、今回の暴動に関して「イギリス社会は頑張れば認められる社会なのに、かれらは甘えている」というような論調の在英日本人のコメントをみました。日本のように外国人差別をあらわにし、福祉制度も整わない社会よりはエスニックマイノリティや貧困者が暮らしやすい社会だという側面はあるかもしれません。けれど、イギリス政府も上に述べてきたように、貧困者が自力では抜け出せないような構造があることは認めています*1。また、イギリスの主流(つまり白人中産階級)のやり方に合わせれば、生きていけるかもしれない(それはなんら批判されることではない)けれど、「そうではない生き方」をしたい人たちは抑圧され続けるところもあります*2
 bcxxxさんは、はっきりと今回の暴動を行き場のない若者たちの反抗として捉えています。いま、グライムという音楽ジャンルの情報サイトの管理人が、暴徒側から映像をとり、ドキュメンタリーを撮っているそうです。
 実はイギリスには「MUTINY: Asians Storm British Music」という映画があります。

「MUTINY: Asians Storm British Music」
http://www.mutinysounds.com/film/summary/index.php

これは、インド・パキスタンバングラディッシュ系移民の二世たちの抵抗としての音楽活動をドキュメンタリーにしたものです。「ASIAN DUB FOUNDATION」「DJ RITU」「FUN^DA^MENTAL」「TALVIN SINGH」などのインタビューや当時のライブ映像とともに、イギリス社会で人種・民族差別を受け、自らのルーツと格闘しながら音楽を作り出し、業界に利用され消費されながらも、独自のやり方で新しい世代へ受け継ぐ道を切り拓こうするという、かれらの半生を描いた作品です。私は事情があって、その日本語字幕付いたものを視聴する機会*3がありました。秋頃、京都で再び上映される予定です。またこのブログで情報を流すつもりですので興味のある方はチェックしてみてください。私は今回の暴動のニュースをみて、真っ先にこの映画を思い出しました。
 個人的には、自分が一か月前に訪問したオスロ、ロンドンという街で次々と激しい暴力が起き、偶然とはいえ、ショックを受けています。どちらの事件も、よい方向に収束することを願っています。

*1:だからこそ、支援策を立てている。けれど、緊縮財政をとっているため、その政策がカットされていっているるだろうことは、簡単に推察できます

*2:イギリスに来たのだから合わせろ、というような主張は、帝国主義支配と植民地主義、さらに移民労働者の誘致とその後の景気変動で一方的な政策転換、という歴史的背景を考えれば許容されません

*3:http://www.dosc.sakura.ne.jp/?p=525