特集「やっぱり好きだ!草間彌生。」(「pen」)
- 出版社/メーカー: 阪急コミュニケーションズ
- 発売日: 2010/01/15
- メディア: 雑誌
- 購入: 1人 クリック: 28回
- この商品を含むブログ (17件) を見る
今月の「pen」が草間彌生の特集を組んでいる。期待していなかったのだが、70ページにも及ぶ濃い特集で、予想外によかった。2008年に公開された草間さんの映画の裏話もあっておもしろかった。
≒(ニアイコール)草間彌生~わたし大好き~ [DVD] (NEAR EQUAL KUSAMA YAYOI)
- 出版社/メーカー: ビー・ビー・ビー株式会社
- 発売日: 2008/12/20
- メディア: DVD
- 購入: 1人 クリック: 260回
- この商品を含むブログ (9件) を見る
そして、この雑誌では、最近のポップな作品だけではなく、アメリカで製作された初期作品から、ソフト・スカルプチュア(柔らかい彫刻)、ハプニング、コラージュ、版画、文学まで幅広くとりあげている。現在の草間さんの作品については、カラフルで華やかな、カボチャや水玉のモチーフが注目されることが多い。だが初期の草間さんの作品は、カンバス一面にひたすら反復される網の目を描いたネットシリーズなど、強烈なものが多い。私は2004年の作品展で、白いカンバスに白い網の目を描いた作品を鑑賞する機会に恵まれた。もう、これは、生で観るしかない作品である。一気に網の目の反復のリズムに引き込まれて、圧倒された。「一枚の絵画作品で永遠を表現するというのは、こういうことか」とぼんやり思ったことを今でも覚えている。
また、草間さんは、性に関する作品も多数製作している。最も分かりやすいのは、ファルス(男根の象徴)がにょきにょき生えた家具のソフト・スカルプチュア作品である。雑誌では、このファルスのモチーフについて、次のように解説されている。
では、なぜファルスなのか。それは、コンプレックスの裏返しといえる。少女の頃から草間は、セックスに嫌悪感や恐怖感を抱いていたと振り返る。その強迫観念を乗り越えるため、セックスの象徴であるファルスを膨大に作り、自らの心の傷を癒そうとするのだ。自伝『無限の網』で、草間は、ファルスについてこう語っている。
恐怖の対象となるもののフォルムを、いつもいつも作りつづけることによって、恐怖の感情を抑えていく。ソフト・スカルプチュアの男根をいっぱい作って、その真ん中に寝ころんでみる。そうすると、怖いものがおかしなもの、おもしろいものに変わってくる。
(50〜51ページ)
また、ベクトルを逆に返し、1969年にはMOMA(ニューヨーク近代美術館)の庭の彫刻庭園で8人の男女がセックスするハプニング*1を行う。草間さんは、「レッツ・メイク・ラブ」と繰り返し叫びながら、芸術の権威性をぶち壊す行為であると説明した。雑誌では次のように解説される。
これら「クサマ・ハプニング」は、性的な表現が強いものではあるが、彼女がここに込めたメッセージは「愛はとこしえ」である。
セックスの根底にあるのは愛なのに、いまだ汚いもの、自由に楽しんではいけないものという中世的な倫理がハバをきかせている
人の身体はこんなに美しいのになぜ戦争へ行って死なせるのか?戦争とフリー・セックスのどちらがいいと思いますか?
当時既成概念でがんじがらめになっていた人々を、彼女は「窒息寸前」と言い、救い上げようと願っていたのだ。そうして男女の性差を含む性文化の否定をベースに同時代を席巻していた社会問題(美術界にまで影響を与える金儲け第一の資本主義*2やベトナム戦争を中心とする軍国主義)などに対する反対運動などへとターゲットをどんどん広げていく。それが証拠に、ハプニングの会場として選ばれたのは、ニューヨーク証券取引所、セント・パトリック大聖堂、さらに冒頭に記述したニューヨーク近代美術館など、どれもその分野の権威的象徴とも呼べる場所であった。
(53〜54ページ)
こうして、草間さんは自らの性に根ざす問題にとどまることなく、社会問題へに対しても作品を展開していく。だが、草間さんの作品が内包する性的なものは、こうした目に付きやすいモチーフだけではない。たとえば、女性コレクターのインヴィルド・ゲッツは、90年代まで草間さんの作品に触れる機会がなかった。
60年代から世界中のアーティストを尋ねているイングヴィルドだが、残念なことにニューヨークで活動する60年代の草間と出会うことはなかった。「60〜70年代のアート界はミニマルにしてポップな男性の作品が中心でした。女性作家のエモーショナルな作品が、受け入れられる土壌はなかたのです」と残念そうに振り返る。
(75ページ)
そして草間さんの作品を「セックスへの表現がとても直接的で偽りがない。信じられないほど大胆で感情的で……。日本人の女性作家とは思えない表現法に衝撃を受けました」と評している。また、アート・ディレクターのリン・ゼレヴァンスキーは、初めて草間さんの作品を観たときのことをこう振り返る。
定型フォームの連続性を前面に押し出した草間の平面作品を見て、当時の彼女は驚きを隠せなかった。
彼女はアメリカン・ミニマリズムの境界線を押し広げていると感じました。スタンプが無数に貼られたこの作品から感じ取ったものは、無機質でインダストリアルな感覚ではなく、女性的でオーガニックな要素でした
(78ページ)
雑誌のインタビュー記事であるので、両者の「日本人の女性作家」「女性的でオーガニックな要素」が、どういう定義で使われているのかは判然としない。ただ、草間さんの作品のモチーフではなく、作品のタッチや風合いに関して、「女性性」を感じていることはわかる。
こうして、社会問題、とりわけ性の問題を内包させた作品を展開してきた草間さんだが、その目的は告発にあるのではない。雑誌では、建畠哲が、草間さんのオブセッショナル・アートについて次のように述べている。
草間の方法は、見方によっては、きわめて単純である。水玉模様や網目で埋め尽くされた絵画であれ、あるいは男根状のクッションで覆われたオブジェであれ、彼女は同一のパターンをひたすらに繰り返し、増殖させる制作を倦むことなく続けてきた。幼児の頃、草間はたびたび身の回りの壁や机が同じ模様で覆い尽くされるという幻覚に襲わたという。水玉や網目の画面の出発点はまさにその幻覚の光景にある。彼女は襲い来る恐怖から逃れるために、美しくもまた不穏なそのイメージを絵にするしかなかったのである。無限の反復とは強烈な内的オブセッションに駆り立てられた行為であり、彼女はそのことによって心理的な抑圧から自らを解放しようとしたのだ。
しかし彼女の真の偉大さは、そうした救済への願いが、個人的な領域に留まることなく、より普遍的なものへと、つまり自己と世界の同時的な救済への祈りへと結びついているところにある。私たちが彼女の作品を前にして、誰に対しても開かれた大いなる愛の思想を感じるのはそのためであろう。特異なオブセッションは、ある謎の回路を通じて宇宙的とも、あるいは天国的とも言いうる麗しい空間をもたらしているのである。
(34ページ)
もし、草間さんの作品が政治的メッセージそのものならば、もっと直接的に訴える表現があっただろう。だが、草間さんの作品は、具体的な社会問題、個人的な性の問題を突きぬけ、普遍的な救済を願い、愛をうたう。そうでありながら、草間さんの作品から、先に述べたように、個別的な「日本人であること」「女性であること」を感じる人たちがいる。「個別的でありながら普遍的であること」を実現せしめようとする点に、草間さんの作品のパワーがある。*3
草間さんの作品の評価は上がる一方だ。近年は、大空間や野外に展示する大型の彫刻作品も製作されている。「ハーイ、コンニチワ!!」と題した作品で、草間さんは自身の満たされなかった少女時代を作品に託したと語る。かつて、強迫的に草間さんを苦しめた水玉が、明るい色使いで楽しげに描かれている。これは、草間さんにとっての水玉が変化したのではなく。観る側にとって水玉の見え方が変わったのだと、雑誌の記事では解釈されている。
最新作は、ペンで書いたペインティングだ。作品群は「愛のとこしえ」とタイトルがつけられている。草間さんは「芸術がなければ自殺していた」(94ページ)とつぶやく。そして、80歳を迎える草間さんは、いままさしく死に直面している。
常に生死の境目で」闘ってきた芸術家は「徐々に一人の人間としての人生の結末を迎えようとしている」と本当の死の訪れを近頃感じている。
しかい、彼女のエネルギーは衰えを知らない。それどころか、芸術という虹色のベールを纏い、年を経るごとにパワーアップしているように思える。あのほとばしる力。いったいどこからわき続けているのか。死が近づいてきて、着陸態勢に入ってきているわけですよ。私も追い込みになっているから、熱狂的に作品を作っているわけですよ。飛行機が着陸態勢に入ってきているから。それでランディングしたときは死んでいるわけだからね。だから、これからは日本で誰もやっていないような新しい思想をつくっていくつもりなんですよ。もし400年ぐらいかからないと全部できないという仕事を前にして、それでもいま私は出発するという気持ちなんです。
(94ページ)
さらに草間さんは「残り少ない世に生きて、死んだ後もなお永遠に残る思想を芸術の力をもって成し遂げていきたい願望で、夜も眠れず心を燃やし続けている」(94ページ)と述べる。
その草間さんの最新作33点は、大阪・国立国際美術館で先週から展示が始まっている。
「絵画の庭――ゼロ年代日本の地平から」(2010年1月16日〜4月4日)
http://www.nmao.go.jp/japanese/b2.html