さくらん

 あんまりにも酷くて、映画館まで観に行ってしまったことを忘れようとしていた映画だけれど、バイブ屋LPCのコラム(http://www.lovepiececlub.com/index.html)で、フーサンが「全く同感!」というレビューを書いていたので引用する。

わたしは映画を鑑賞しながら、こんなふうな生活をしている己に、何だか胸がちくちくしてきて、急に涙がこぼれそうになった。なぜかというと、土屋アンナみたいな美人を遠慮なく視姦する女監督の生活を、それをまた覗き見しているような気になってきたから。自分の好みのものを身の回りに揃えて飾って囲まれて、足の踏み場もないような気になってきたから。薔薇の花びらいっぱいのバスタブに漬け込まれ、自己愛に溺れているような気になってきたから。そういう気になることを仕組まれているという思いで胸が苦しくなってきたから。

高橋フミコ「さくらん」『映画爛熟』(http://www.lovepiececlub.com/eigaranran/archives/001043.html

どこかの映画の紹介記事で、「女性が興奮するセックスシーン」とあおりが入っていた。確かにセックスシーンは長く、土屋アンナの騎乗位が延々映された。しかし、悲しくなるくらい男性向けAVと同じ構造だった。蜷川実花が撮った美しい若い女を眺める、その自分とはいったい何なのか。女を消費する女でしかない。悪くはないが、むなしかった。
 下の記事の、「ツィゴイネルワイゼン」を撮った鈴木清順は、女性を大変見下した言い方をする。

鈴木 知性っていうのは、どういうもんですかねえ。鏡花先生は「女というのは勉強するより化粧しろ」と言ってるんですよ。いかに自分を美しく仕立てて男に認めさせるかが女の価値だって。女っていうのは男の付属物だっていう考え方もありますからね。
坂本 まぁ・・・・・・(笑)。
鈴木 しかし、今は女の人は利口になっちゃって困りますね。口説くにしても、いろいろ理屈をつけないといけない。

坂本順治監督、鈴木清順監督に聞く。「清順さんは、今どのあたりですか?」『DEEP SEIJUN』リトルモア、2001年

笑ってんじゃねーよ、という感じの対談。もちろん、映画も「日活ー!」というようなセックスシーンが出てくるのだが、私はこちらはイヤではなかった。*1
 比べちゃいかんと思ってはいるが、蜷川父(幸雄)の撮った「青い炎」も頭をよぎった。松浦亜弥が棒読みでカメラ目線を送り続けるアイドル映画だけれど、そして土屋アンナのほうがずっと美人で上手なのだけれど、そして予算は明らかに蜷川実花の数分の一なのだけれど、おもしろかった。*2

 「さくらん」の何がいかんのよ?と聞かれると答えるのは難しい。脚本が子どもっぽいとか、着物が現代風で結果として安っぽいとか、キャストが総じて下手だとか、それ以上に醸し出されるむなしい気分があった。「ほーら、女ってこんなのが好きなんだろう?」と言われている気分。ええ、パーツ、パーツは好きですよ。*3しかし、全体として眺めると、フーサンの言うとおり消費してもしても満たされない、むなしさが残ってしまう。そして、そのむなしさは、「さくらん」の郭の状況と、現在の女子の置かれている状況と似ているからこそ、醸し出されるという指摘に頷いてしまう。
 最後に、好きな人と手をとりあって花畑を走っていく土屋アンナの後ろ姿は、何十年も前の少女漫画のようだ。「ツィゴイネルワイゼン」で男の妄想の中で生きる女より、「青の炎」でただただ像として映し出される女より、私には痛い。

*1:こっちのほうがイヤな人も多いだろうが。

*2:こっちのほうがつまらない人も多いだろうが

*3:椎名林檎の歌が予想以上にはずしていたのも痛かった。「演技をしてるんだ/あなただってきっとそうさ/当事者を回避している」(「群青日和」)と歌った林檎姫はどこに?