課金で劣等感を解決した話

 勝間和代さんが、コンプレックス商法について記事を書いている。これは、人々の英会話や身体的特徴の劣等感につけこみ、高額を支払わせるセミナーを批判したものである。勝間さんは記事の中にある動画で、もっと安く1000円くらいから利用できるサービスを何度も何年も使うことで、劣等感を克服することができると主張する。勝間さんの話の面白さは、実際に30万円を支払うことで、短期間で劣等感を払拭できる人が5パーセントくらいは実際にいて、その体験談が真実であるので人々はコンプレックス商法に引きつけられるのだとするところにある。つまり、コンプレックス商法は詐欺ではない。しかし、非常に成功率が低いため、そこに課金するとコスパが悪いと勝間さんは言うのである。

 これは一理あるし、勝間さんの懸念や若い人への忠告はよくわかる。しかしながら、実は私は30万円を払って*1、劣等感を解決してしまったことがある。なんと勝率5パーセントに入ってしまった。せっかくなのでその体験談をメモしておこうと思う。

 私が抱いていた劣等感は、勝間さんが筆頭にあげる英会話に対するものである。なので、高額セミナーに支払った私は情弱扱いされて苦笑いしてしまった。私は、「英語ができない」という自分と10年以上たたかっており、ぼちぼちと勉強を続けてきたが、かんばしくはない。もちろん、自分なりに少しずつ進展はあるのだが、どこまでやっても先は見えない。だいたい、私がいる大学という業界は恐ろしく英語ができる人たちがいる。留学経験者は当たり前で、子どもの頃から英語教育に触れていた人や、帰国子女、ネイティブより英語に詳しい翻訳者など、一般に生活していてあまり出会わない英語レベルに達している人がごろごろいる。そもそも、東大や京大の受験に合格する人たちなので、ものすごく勉強ができる。地方の中堅県立高校で楽しく暮らしていた「そこそこ」の私にはあんまりにも過酷な環境である*2。しかし、卑屈になったところでいいことはないので、「できない、できない」と言いつつ英語の勉強を続け、一人で国際学会に飛び込んで知り合いを作り、英語論文を投稿し、今は海外で研究をしている。私のいいところは、ブツブツ言いつつも、めげないところである。

 それはともかく、私が英会話で劣等感を抱いたのは「発音」である。「発音が下手」だから話すのが恥ずかしかった。不思議なことに、少しずつでも英語が話せるようになればなるほど、恥ずかしくなってしまう。初めて英語を話さねばならなくなったとき、私は恥ずかしいどころではなく、頭が真っ白になり逃げ出したくなりながら、「とにかくここで、言いたいことを伝えなければ」という気持ちでいっぱいだった。向こうの顔もろくに見えてないので、反応がどうこうと考える余裕もなく、「ああ、どうしよう、なんて言うんだっけ、ほら、あれ!」という大混乱で終わった。それが話せるようになってくると、欲が出てくる。文法通り、礼儀正しく、適切な表現で伝えたいと思い始める。同時に、他の人が話すのを聞いていて、わかりやすい発音をしている人を尊敬し、そんなふうに話したいと求めるようになった。なぜなら、私はリスニングも下手なので、できれば相手にわかりやすく発音してほしいと思うし、その逆も必要だと考えたからである。

 誤解しないでほしいのは、ここで私が言っているのは「ネイティブみたいな英語」ではないことだ。私が議論する相手のほとんどはノンネイティブである。そして、私にとって聞き取りやすいのは、ノンネイティブのシンプルな英語である。落ち着いて、明瞭な発音で、ゆっくりでもいいので正確に話せることが目標になっている。

 さて、私の英語はそこから程遠かった。何年も独学でシャドーイングを練習してきたが、録音された自分の英語を聞くと、「これではダメだ」ということはわかるが、何が悪いのかわからない。多くの教本を読み、YouTubeの動画を見て、オンライン英会話の先生に教えを乞うた。しかしながら、「私はなにかができていない」ことだけはわかるが、それがさっぱりわからない。とにかく唾を飛ばすような勢いのある英語か、もぞもぞして聞き取れない英語になってしまう。何回聞いて音を真似しようとしても「わからない」と止まってしまう。それで何年も劣等感を抱きながら英語を勉強してきた。

 そこで出会ったのが、英語のパーソナルトレーニングである。ちなみに、私は紹介料もアフィリエイトももらってないので、これはステマでもダイマでもないので、心配なく体験談として読んでもらって構わない。

englishcompany.jp

 このパーソナルトレーニングでは特別なことはしない。やることは「単語を覚える」ことと「シャドーイング」である。私にとってこのシャドーイングのアドバイスが劇的に自分の発音を変えた。私は初めて英語の「弱形」を理解したのである。それまで私は全ての単語を頑張って等しく発音しようとしていた。しかしながら、英語はリズムで話さなければならないため、音が弱くなったり聞こえなくなったりするところがある。私はそれを意識してシャドーイングの練習をすることで、英語を話すときの感覚が全く変わった。

 ここで、「弱形」と聞いてなにをすればいいのか理解できたり、YouTubeの動画で学習できる人は課金不要である。大変羨ましい。私はいくら概念が理解できても、実際に音を捉えることも、発音を変えることもできなかった。不器用だからである。毎日、シャドーイングを練習して録音してトレーナーに送って、修正してもらうことで、やっと身体的に「弱形」が少しだけ習得できた。自分がなにができていないのかが判明したのである。これは小さいけれど大きな進歩だった。

 ただし、私がそれで満足いく発音を手に入れたかというと、そうではない。相変わらず、私はよく間違えるし、「英語ができない」と思いながら暮らしている。録音した自分の英語を聞くと焦って必死な気持ちだけが伝わってきて、「相変わらず上手くないな」と思う。ただ、前のように絶望感はない。何ができていないのか自分で理解できるので、改善点がわかる。それだけのために高額を支払うことになったが、私の場合はよかった。課題が多いことは、暗中模索に比べればずっとマシだ。課金で劣等感が解決できたと言えるだろう。

 自分の体験から考えると、課金で劣等感を解決するポイントは二つある。一つ目は、自己解決できる問題は潰しておくことである。おそらく英語を勉強し始めたばかりの私であれば、パーソナルトレーニングはあまり有効でなかったと思う。英語の基本は、英単語を覚え、英文法を学び、自力でシャドーイングすることである。私の場合は、ある程度まで自分でそれを底上げした上で、自己解決できない一点に絞ってパーソナルトレーニングに賭けたので上手くいったと思う。

 二つ目は、借金はしないことである。私がパーソナルトレーニングに頼ったのは、学術振興会の特別研究員に採用され、収入を得たからである。身も蓋もないが先立つものがあるかないかで、私の判断は変わった。手持ちの資金がないまま、劣等感の解消を求めて高額セミナーに頼るのは危険だろう。お金がないときにも、勝間さんのいう通り、手頃な価格のたくさんのコンテンツはある。支払いに無理をしないことは大切だと思う。

 最後に、私は勝間さんの動画でピアサポートのサービスを推奨しているのはとても良いと思った。私自身、これまで英語の勉強をやめなかったのは、身近に頑張っている友人が多かったことが大きい。基本は自己解決とピアサポートで、それでも解決しない問題は課金をしてプロの助けを借りるのは一案ではあると思う。

*1:実際はそれ以上なんだけど。

*2:私の出身高校に東大を目指す人はいなかった。でもそれを疑問に思ったこともないし、楽しい高校生活だった。阪神・淡路大震災のあとの被災地のど真ん中にある学校だったのでいろいろと特別な思い出はあるが。