伊丹アイホール存続をめぐる議論

 毎日新聞で、関西の小劇場であるアイホール伊丹市)の用途転換が検討されていることが報道されました。アイホールは、小規模劇団のアート活動に貢献してきただけではなく、一般市民とともに活動するワークショップにも力を入れてきた。こうした幅広い活動は、日本における公共劇場としては突出しており、全国的にも芸術関係者から評価されてきたし、稼働率も高い。他方、検討の理由となっているのは、伊丹市民の利用率が15パーセントと低く、採算が取れていないため、税金で運営資金が補填されていることである。つまり、伊丹市民の税金が、市外の人々の活動へ流れてしまっているということである。これに対して、伊丹市は民間業者からクライミング施設に施設を転用する提案が出たため、検討することになった*1

mainichi.jp

 これは一見、市民中心の施設の用途転換で良い策のように見えるが、慎重に考えなければならない。第一に、現在はクライミングが流行しているので市民の注目を引く転換案に見えるが、長期的にはどうだろうか? 公共施設は、10年後、20年後の伊丹市の未来や、子どもたちへの教育の展望を見据えて運営の良し悪しを考えなければならない。もし、伊丹市が今後、クライミングを市民活動の象徴とし、全国的に評価の高い施設運用とするならば、その案も良いものになるだろう。今後の伊丹市にとて、演劇活動とクライミングのどちらが発展に寄与するのかを正面から議論すれば、どちらの案が採用されても実りがあるものになると思われる。しかしながら、現在出てきている情報は、短期的な資金運用についての議論だけであり、もしクライミングの流行が終わってしまったとすると、その施設にはなんの蓄積も残らない危険がある。そのため、長期的な視野を持って公共空間のあり方を議論する必要がある。

 第二に、すでに全国的に高く評価されているアイホールを潰してしまうことの損失の問題がある。現在、多くの地方自治体は市外・県外からの観光客の誘致に躍起になっている。コロナ渦でそれは途絶しているが、いずれ、自治体内部だけではなく、外部からも魅力的な地域づくりが求められる機運は高まるだろう。そのとき、アイホールの市外利用者の多さは伊丹市にとっても有益になる可能性はある。必ずしも「地元の施設」が「地元に閉じる」必要はないのである。むしろ、ここまで市外者からの利用があることをアドバンテージに変える手を考えることで、伊丹市の長期的な税収増につなげられるかもしれない。そう考えると、現在の問題解決方法は「アイホールの採算性を上げること」であり、用途転換だけが選択肢ではないことがわかる。

 第三に、今回の議論が全国的な公共劇場の運営方針に影響を与える可能性がある。たしかに伊丹市単体で見れば、アイホールの採算性の低さは大きな問題ではあるが、質の高い文化事業を提供してきた点では非常に優れた施設である。文化には金がかかる。そのため、税収が低調になった時に、一番に切り捨てられるのは文化事業になりやすい。そして、残念ながら「文化事業の質」と「収益」は必ずしも比例しない。だからこそ、自治体によって公共の力で文化を支える必要があるが、その根幹がアイホールの用途転換により崩れてしまうかもしれない。

 以上の3点から、アイホールの用途転換には慎重であるべきだと私は考えている。しかしながら、7月後半にニュースが出てから、すでに伊丹市は早ければ9月には報告を出すとしている。これはあまりにも拙速な判断であると思われる。

 この問題については、「アイホールの存続を望む会」が署名活動を始めている。私もすでに署名した。

aisonzoku.com

 他方、署名活動ではおそらくアイホールの用途転換は止められないという指摘も出ている。たとえば、ロームシアター京都管理課の丸山重樹さんは以下のように述べる。

少し前から、リサーチが始まるということは知っていて、どうなるんだろうと思っていたら、署名活動が始まった。
まずは劇場の利用者である演劇関係者から行動を起こす、ということ自体に違和感はないし、行動を起こしてくれた方々には敬意を表したい。しかし、twitterでこの活動が拡散して、タイムラインを埋め尽くせば埋め尽くすほど、不安も生まれてくる。
少なくとも私は、過去数回の選挙で同じような苦い経験をしている。自分や自分のフォロワーの意見とは真逆の結果になる、という経験だ。そしてある時「エコーチェンバー現象」という言葉を知る。そして改めて、SNSの狭さを痛感したのだった。
Facebooktwitterも、基本的にフォロワーは「友だち」であり、似たような考え方を持った人がほとんどだ。わざわざ自分とは真逆の考えを持った人をフォローしている人は少ないだろう。だとすれば、「AI HALLを存続させてほしい」という意見で、タイムラインが埋まることは自明だ。
しかし今回の問題は、特にAI HALLが公共施設であることも踏まえれば、私のような業界関係者以外でかつ伊丹市民がどう思っているのかが大事で、それに該当する人は私のフォロワーにほとんどいないのではないか。だとすれば、このタイムラインの”祭り”に浮かれてはいられないのだ。

(https://www.facebook.com/shigeki.marui33000/posts/4186050161486022 )

 また、京都で演劇活動をするたかま響さんも、以下のように署名だけでは問題は解決しないと述べている。

アイホールの件、存続させる会を設立した方には敬意を評するけど、「署名」だけでは絶対に覆らない。もちろん会の方は署名以外の行動を考えてると思うけども、署名した人たちも、署名だけで満足しないで欲しい。それだけでは何もやってないのと一緒だ
市民ではない人の署名が、何筆集まっても動きはしない。伊丹市民からの声が上がって選挙で落ちるという恐怖がないと。じゃあ、どうすりゃいいのかってのを具体的にはすぐ思いつかないけども
例えば、伊丹市83000世帯全部に「存続に声をあげてください」というチラシをポスティングすれば全然違う。83000撒いたところで、同調し声をあげてくれる市民は100人もいないだろう。けども、「関西の演劇人は83000世帯にポスティングできる動員力がある」と示せたらでかい
市民じゃなくても83000もチラシをまけるだけの組織力、動員力があれば立派な圧力になる。しかし、じゃあ現実的に出来るつったら、もうめちゃくちゃ難しい。1人1時間200枚としても、415時間かかる。費用はどうするのか、ダブらないように采配はどうするのか。クレーム処理は?
しかし現時点で2000人署名してるわけで、もしその4分の1の五百人やれば1日でできるわけでさ。本気でアイホールを存続させたい署名だけじゃなく、それくらいやるつもりの気概を持って欲しい。ネットで吠えても仕方ない、実際の行動あるのみ

(次のTwitterの連続投稿を筆者が見やすいようにつなげて掲載した  https://twitter.com/hibiki_takama/status/1418033210479415296

 上の指摘を受けて、大阪で演劇活動を行う松本謙一郎さんが、「アイホール作戦会議」を開催していた*2

署名も武器の一つとして、しかし署名だけでは「演劇ホールとしての」アイホールを存続させるのは非常に難しい状況だと考えます。

だから、ぜひ、具体的な「作戦会議」がしたい。
署名賛同する以外に出来ることはないのか?
署名にしても、どのような方法で何筆集めて、その数字をどう使うのか?
行政が希望している課題を解決するにはどういう方法が考えられるか?
伊丹市民や議会に訴求するためには何が有効か?

何か行動を起こせないか考えている人はいると思うので、思いつきでもよいのでアイデア出しの機会があれば、一人で考えるよりも建設的なのではないかと思います。

thinkinghand.blogspot.com

 以上のように、新聞報道以降、瞬く間に次々と行動が起きている。これはもう10年以上前から続く、関西の演劇活動をする場の閉鎖の連続に対し、相当の危機感が持って関係者が動いていることを示している。そして、これくらい迅速に対応しようとする人材(それも、いま、あちこちの業界が求めている30代、40代の中堅)が豊富にいる演劇の業界を、もっと自治体も有用に使う余地はあるのではないだろうか。どの地域でも、将来のことを考えるときに、かならず「人材不足」と「資金難」が挙げられるが、いま、切り捨てられようとしている人材にもう一度目を向け、ともに新しいスタートを切る可能性は十分に残っていると私は思う*3

 

*1:詳しくはこちら→ https://www.facebook.com/akoak.takahashi1/posts/1018079978953966

*2:この記事の多くの情報は、松本さんの記事を参考にしている。

*3:これは半分、自分が大学業界に思っていることでもあります