近況

 久しぶりの更新になります。6月まで論文を書いたり、学会報告をしたりで忙しかったのもあるのですが、なぜか自分のブログだけアクセスできない状況になりました、奇妙な状態が続いているので、運営に問い合わせしているところです。本人は元気でやっています。

 「現代思想」7月号の巻頭に、森岡正博さんと対談をした記事が出ています。学部制のころに夢中になって図書館で読んで、コピーをとりまくっていた雑誌に、よもや自分が出るとは……ということで、さすがに手元に届いた時には浮かれました。

 対談では、私は好き放題にあっちこっちに飛びまくりながら話しています。対談の課題図書として、私から石原吉郎の『望郷の海』を提案していたのですが、肝心の私自身が前日に読んだ細見和之石原吉郎』に大きく揺さぶられたので、それに引っ張られながら喋っています。私は研究者としては、当然、法制度や社会運動の面から、犯罪や暴力の被害ー加害関係について検討してきたことが多いのですが、もともとの私個人の持っている関心は文学的な罪と赦しが中心であるので、せっかくの現代思想の対談ですし、そういう話題が中心になっています。対談の最後では、実存的にひとりの人間として被害や加害に向き合うことと、研究者として学問に取り組むことが繋がるのか、繋がらないのか、というような議論になりました。

 実際に雑誌を手に取って読むと、私と森岡さんの対談だけ、昔の「現代思想」みたいですね。私は「遅れてきたニューアカ」なところがあるので……

 『当事者は嘘をつく』の書評もいくつか拝見しています。文学ムック『ことばと』に掲載された、書評家の江南亜美子「更新される、『私小説』」で拙著を取り上げていただきました。私のエッセイを「私小説」として読むという試みがなされています。

 この点については、佐々木敦×樋口恭介×大滝瓶太 「小説が私の言葉になるとき」という対談イベントでも取り上げていただきました。たしかに、私はフィクションの物語のように自分の人生に起きたことを書いたわけで、私小説といえばそうなのです。ただ、私はあんまり文章が文学的ではないという劣等感は常に抱いているので*1、文章を褒められたのはとても嬉しかったです。あと、樋口さんが何度もすごく良いと言ってくださっていたので、こちらも素朴に嬉しかったです。

 考えてみれば、私は学部生の頃は、ハイナー・ミュラーハムレットマシーン」の上演プロジェクトに関わっていました。「ハムレットマシーン」(1977)は難解な詩のような戯曲で、「I was Hamlet (僕はハムレットだった)」というセリフから始まり、もはや単一の主体を維持できない物語の主人公モノローグが続きます。ポストモダンの時代には、「私」という存在をひとまとまりの自我としてはもはや語れないのだ、みたいなことを若い時に演劇関係の人たちと議論していたので、その延長線上に私のエッセイもあるのかもしれない、と後付けですが思いました。

bookandbeer.com

 オンラインメディア・Modern Timesでの連載は、宮崎駿をテーマに続いています。トピック1の「戦争」の第3回目では、「風立ちぬ」を取り上げて論じています。

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 トピック2は「ジェンダー」で、宮崎駿の「ロリコン」の側面とその作品について書いています。こちらも連続3回で、この次には「魔女の宅急便」を取り上げる予定です。

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 研究は、投稿した英語論文の修正などに追われていました。一本は、ゲラが出ましたので近日中に、Palgrave社から出版される共著論文集に掲載される予定です。あと二本は修正原稿をエディターに送ったので返事待ちです。3年間で5本の英語論文を投稿したので、頑張ったほうではないでしょうか。さすがにもう力尽きそうなので、あと半年ほどはインプットに努めたいと思っています。最近は、アートや集団記憶の問題に関心を寄せています。

 国際学会では、European forum for restorative justiceの環境修復的正義のワーキンググループで、共同パネルに参加しました。最初は、英語のオンライン・ミーティングに出席しても、もう座ってるだけで気を失いそうに緊張していましたが、今はすっかり慣れました。まだ英語力に不足はあるものの、中間報告レポートの取りまとめ役を買って出たりして、積極的に参加しています。単純な話ですが、自分にできることが増えていくのは楽しいです。

 また、国際被害者学会では、個人報告として、『当事者は嘘をつく』の出版経験を通して、研究者と当事者のダブルアイデンティティを持つことについて話しました。学術的にはまだ研究するには至っていませんが、同じ立場の人がこっそりカムアウトしてくれたり、「本を買いたい」と言ってくれたり、とても嬉しい反応が多かったです。「英訳を出さないのか」と聞かれることも度々あり、国内だけではなく海外にも響く普遍性のあるテーマなんだなあと感慨深かったです。

 対面学会は、とても楽しかったのですが、案の定、COVID19に感染しました。おそらく、いま、日本でも流行っているBA.5株でしょう。同じ学会に参加した友人たちが一網打尽でした。幸い、ワクチンも3回接種していますし、高熱は出たものの軽症ですんで回復し、今のところ顕著な後遺症はありません。もうベルギーでは、感染しても報告などは必要なく、自宅でパラセタモールを飲んで休むことになっています。マスクも必要ありませんし、手をこまめに消毒する人も減りました。感染は拡大し続けるはずです。そういうわけで、こちらの学会に参加される方も増えていますが、くれぐれもご注意ください。私は9月末にはスペイン・マラガで開催されるヨーロッパ犯罪学会に参加予定です。

*1:たとえば、論文で石牟礼道子の一節を引用した後に、自分の解釈を書き加えている時ほど「ああ、私の文章はゆるいなあ」と思うことはありません。