元少年Aの手記の出版

 神戸連続児童殺傷事件の、加害者であった男性が手記を出版した。太田出版から『絶歌』というタイトルで書店に並ぶ予定らしい。

「神戸連続児童殺傷事件、元少年が手記出版」(朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASH695KC1H69UCVL01C.html

手記は全294ページ。「精神鑑定でも、医療少年院で受けたカウンセリングでも、ついに誰にも打ち明けることができず、二十年以上ものあいだ心の金庫に仕舞い込んできた」として事件前からの性衝動を明かし、犯行に至るまでの自身の精神状況を振り返っている。

 後半では、少年院を出院してからの社会復帰についても綴られているとのこと。
 実は、4月にこの事件について井垣康弘文藝春秋神戸家裁の決定全文を公開している。井垣さんは、裁判官で神戸連続児童殺傷事件の審判を担当し、医療少年院送致を決定した。井垣さんはこの事件では、少年が自分の「脳の未発達」と「性的なサディズム」に苦悩したことで事件を引き起こしたと指摘してきた。「脳の発達についての説明」や「保護者や周囲の人々の見守り」があれば、事件は食い止められた可能性を示唆してきた。そして、事件の全容を世間に知らしめ、凶悪事件の防止には厳罰ではなく「加害を起こしてしまう少年たち」へのサポートが必要だと訴えてきた。裁判官から退官後は、弁護士として活動してきた。
 しかしながら、4月の全文公開は、遺族の平穏な生活や加害者本人の社会復帰を妨げるものとして厳しく批判されている。井垣さんは、決定全文は公開を前提にして書かれたものだというが、審判時点では「要旨」のみが発表されている。それを個人の一存で覆したことについて、「ひょうご被害者支援センター」から抗議が出ている。

「神戸連続児童殺傷事件 文芸春秋に抗議文 被害者支援センター」(神戸新聞NEXT)
https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201504/0007919868.shtml

 センターの井関勇司理事長は抗議文で、「遺族は最愛の子が殺害された際の具体的状況について、あらためて広く公表されるのを望んでいないことは言うまでもなく、いたたまれない心境に置かれている」と指摘。
 「掲載行為は、人格権侵害や精神的苦痛など遺族の被る二次被害について検討した形跡が全くなく、極めて配慮を欠いている」と非難。「事件から18年後に全文を公表することが国民の知る権利に資するとも考えられず、報道の自由の名のもとに、理由なく他者の権利利益を侵害することは許されない」とした上で、文芸春秋に対し、5月号の速やかな回収を求めている。

文芸春秋の回収求める 神戸連続児童殺傷の決定書めぐり」(朝日新聞デジタル
 同センターは、事件で次男(当時11)を亡くした土師(はせ)守さん(59)が監事を務める。抗議文では「非公開であるべき文書を公益的観点から特段の必要性も認められないのに公表した」と批判。「平穏な生活を取り戻しつつある遺族に、重大な二次被害を与える」として、速やかに回収するよう求めている。

 この件で、井垣さんは所属する大阪弁護士会から懲戒請求を出されている。

「井垣元判事を懲戒請求 少年審判全文掲載で」(神戸新聞NEXT)
http://www.kobe-np.co.jp/news/zenkoku/compact/201505/0008061649.shtml

 神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件をめぐり、今年4月発売の月刊誌「文芸春秋」に掲載された少年審判の決定全文を外部に提供したなどとして、元神戸家裁判事の井垣康弘弁護士が、所属する大阪弁護士会懲戒請求されたことが26日、分かった。井垣氏が明らかにした。

 こうした井垣さんの一連の全文公開の問題があった後、手記が公刊されているので、関連はあるのではないかと思う。井垣さんは、少年事件で加害者がモンスター化され、厳罰を求める声に対して、事件の詳細を見ていけば少年たちの生育歴や障害の問題だとわかると訴えてきた。しかし、そのやり方として、突然の全文公開や手記の公刊が適切だったのかはわからない。

少年裁判官ノオト

少年裁判官ノオト

 それでも、今回の手記の件に関して、ブクマなどを見ていると「死刑にしろ」「読む必要はない」というコメントが多く、マスメディアで受ける「凶悪な加害少年」というイメージはいまだに広く流布されていることは間違いないと思う。内容を見ていないので、本についてはわからないが、犯罪加害者への理解を進めることは必要なのだろうと思う。
 私自身、被害者支援から出発しているので、加害者の問題には取り組むのはスタートは遅く、今も決して詳しくはない。それでも、少年院の教官たちが、暴力衝動をコントロールできず、触法行為を繰り返す少年たちと向き合っていることは伝わってくる。その矯正教育がうまくいっても、いかなくても、現場の人は逃げられない。かれらを少年院や刑務所に追い払ったり、死刑にして殺したりしても、社会から「犯罪」という問題はなくならないし、改善もされないだろう。「被害者のために」「新たな被害者を生まないために」できることとは、まずは「今まで起きた事件を知ること」が必要なことは言うまでもない。
 ところで、手記の刊行には感情的な反発が多い。特に「「自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた」などとして、書くことが生きる支えになっていたことも明かしている」という部分が批判されているようだ。そのことで、かつて、手記を出版した永山則夫のことを思い出した。1968年に連続射殺事件を起こし、4名を無差別に殺した。過酷な生育歴が明らかになり、当時は未成年であったこともあり、何度も減刑が試みられたが死刑が確定した。1997年に死刑執行されている。獄中記や自伝的小説を出版し、その作品についての評論も出ている。永山さんは特異な才能を持った人だとは思うが。
捨て子ごっこ

捨て子ごっこ

無知の涙 (河出文庫)

無知の涙 (河出文庫)

【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

【人と思考の軌跡】永山則夫---ある表現者の使命 (河出ブックス)

追記

 ご遺族の一人から、出版中止を求める声が出ている。

「加害男性の手記「今すぐ出版中止を」土師さん 神戸連続殺傷事件」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150610-00000008-kobenext-soci

 彼に大事な子どもの命を奪われた遺族としては、以前から、彼がメディアに出すようなことはしてほしくないと伝えていましたが、私たちの思いは完全に無視されてしまいました。なぜ、このようにさらに私たちを苦しめることをしようとするのか、全く理解できません。