イシデ電「私という猫 呼び声」

 2008年に出た「私という猫」の続編だ。前作も、野良猫の生きていく楽しいやり取りと共に厳しさも描いていたのだけれど、今作はさらにシビアな「子産み」がテーマ。野良猫の不妊手術の話も出てきます。この漫画は、ネタバレせずに一気に読んだほうが面白いと思うので、閉じておきます。
 猫の「私」は人間を恐れている。だが、若い猫の「ミーさん」は人間にすり寄り、手から食べ物をもらう。人間に媚びることを、「私」も含めた野良猫たちに人間に媚びることを批判するが、「ミーさん」は次のように反論する。

私「あたしたちゃ ヒトのもん 拾うことも盗むこともあるけどさ 別々に生きてるもんだろ!?猫とヒトってのは!自分から近寄ってくなんてどうかしてるよ!」
ミーさん「『別々に生きる』って何? くれるんならもらえばいいし 欲しいんなら『欲しい』って言えばいいじゃない もうイヤなのよ 道にあるものほじくり返すの おいしくないしくさいし お腹痛くしちゃうことだってある あたしはね おいしいものを食べたいときに 食べたタイだけ食べたいの 見ておかげでこんなにつやつや♪ 何がいけないの?」

「私」たち野良猫は、「ミーさん」に人に捕まるから危ないと諭すが、帰るとその話を反芻して考え込んでしまう。案の定、しばらくして「ミーさん」は人間に捕まりかけるが、「私」たち野良猫がミーさんを助けるが、仲のいいメス猫の「美しっぽ」は負傷してしまう。 「美しっぽ」は、ミーさんを助けた理由を不思議がるオス猫にこう語る。

美しっぽ「…母親だからかね… 厄介なもんさ 母親ってのはいっぺん成っちまうと ちょっとやそっとじゃやめられないから たちがよくない おかしな癖がついちまって ときどきよそさんの子にまでお節介焼いちゃう」

 野良猫たちは、人間と関わらずには生きていけない。野良猫の残したごみを漁って食べ物を探す。よくしてくれる人間もいる。だが、襲ってくる人間もいる。人間との距離を考え始めた「私」だが、お腹が空いて人間が仕掛けているエサを食べてしまう。そして、金網に捕獲され避妊手術をされ、さらに元の場所にリリースされる。
 戻ってきた「私」は何かを失ってしまったことを感じるが、それが何かわからない。

私「なにも感じない あんなにあんなに生みたかったのに 思いは毛程もわかない 子どもの自分に育っちまったみたいに 
『お母ちゃん』
あのときたしかに呼んだ あのときなにかをなくした なんだかわからない それをなくしてふいに 呼び声がぐうと 腹から出たのだ」

「私」は空虚感を抱えているが、「生きているから大丈夫なんだ」と自分に言い聞かせて、子どもを産んでいるはずの「美しっぽ」の元に向かう。だが、「美しっぽ」は息絶えて子どもが取り残されていた。その死骸に残された子どもたちをみて、「私」は連れて帰ってきてしまう。何度も子育てしてきたのだから、「大丈夫だ」と自分に言い聞かせるが、もう避妊手術されてしまったので乳も出ず、子どもたちは死んでいく。そして「私」は腹をかきむしって血を流して飲ませようとする。
 上のようなあらすじが、漫画では描かれている。自分に危害を与えるかもしれない人間に媚びて、少しでも楽に生きようとする「ミーさん」。それがどうしてもできないとして、孤独に死んでいく「美しっぽ」。「私」の目を通して見る野良猫の生き方は、人間の生き方にもなぞらえることができるだろう。
 だが、同時にこの漫画の中では、人間は圧倒的な存在で支配者だ。えさを与えかわいがる人間、猫をいじめる人間、捕獲して不妊手術をする人間。野良猫はそれらの人間を、「悪い人間ばかりではない」と言い、食べ物にありつき利用しようと強かに生きる。だが、簡単に傷つけられ意志を踏みにじられ、大切なものを奪われる。
 そして、「不妊手術」とは何なのか。近年、野良猫を捕獲して、殺処分するのではなく、ボランティアによる愛護団体を通してオスの去勢手術やメスの避妊手術をして、再びリリースするという方法が広まってきている。発情期のトラブルや、これ以上の繁殖を阻止し、「地域猫」として共存をはかるのだ。たとえば、「不妊手術」の必要性については、以下のようにされている。

「猫の不妊手術」
http://www.konekono-heya.com/hansyoku/sterility.html

上の説明にもあるが、人間の都合で猫の生殖能力を奪うことになる。しかし、無計画に繁殖して殺処分につながるのを避けるため、必要だと説明される。
 漫画の作者はその事情も知っているだろう。その上で、野良猫の「私」の目から不妊手術を描こうとする。結果として、この作品では、圧倒的な力の差がある、猫と人間の間で共存がはかられたとき、弱い側に何が起きるのかをえぐり出されてしまう。この作品は、猫の漫画、動物の権利の漫画ともいえるし、マジョリティとマイノリティの関係を描いた漫画ともいえると思った。
 前作は以下。

私という猫 (Birz extra)

私という猫 (Birz extra)

イシデ電「私という猫」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20081105/1225900342