産むことと産まないことの間

 予想以上に、前の記事*1が盛り上がってしまい、書いた本人も驚いています。
 私が「産みたい」のか「産みたくないのか」が気になってしょうがない人も多いようでした。でも、産みたい/産みたくないという気持ちは二値的なものではないし、単線的なものでもありません。私はそのどちらかの気持ちに、自分を縛るつもりもないし、詳細を述べるつもりもありません。
 他方で、産む/産まないの行為は二値的なものです。事実としてどちらかでしかありえません。そして、その行為は「私」の自己決定に基づいて行われたとみなされます。それは、Aという地点からBという地点へ移るようなものです。そして、一度、移動するとBには戻れません。「親でないもの」から「親」になるというのは、「親」の定義を何とするかはともかく、そういう行為です。どこかで、親になることを自己決定して、親になるのです。気持ちの上では複雑な思いも、行為として現れるときには産む/産まないというどちらかでしかありません。
 親になることは博打であると書いた人記事が注目を集めています。

「子供を作るのは鬼畜の所業。それか馬鹿。」
http://anond.hatelabo.jp/20130613154103

内容には賛同しないところも多いですが、「博打である」という一点は的を射ています。どんな人も、親になる前には、「自分がどんな親になるのか」がわかりません。だから、親になってみないとわからない。記事の作者は「だからよく考えろ」と書いていますが、そんなものはよく考えてもわかりません。「だから子どもを産むな」と言う結論を出す前にできることはたくさんあります。
 私が「社会整備せよ」というのは、個人の親の育児負担を減らし、社会的に育児をする領域を増やせ、ということです。もし、親になった後、自分が親に向いていなくても、社会的なサポートの手助けで子どもを育てていく活路を拓きます。また、育児の社会サポートを拡大し、個人が参入しやすくなれば、子どもを産まない人にも育児参加のチャンスができます。
 社会的なサポートといっても多様で、親子分離になる「施設養護」「養子縁組」の場合もあれば、子どもを一時的に預かる「ベビーシッター」「ナニー制度」「放課後の託児」「日帰り里親」「子どもシェルター」もあるだろうし、親の助けになる「子育て相談」「ヘルパーによる家事代行」もあるだろうし、もっとコミュニティ的に助ける「子ども会の手伝い」や「スポーツチームの監督」もあるだろうし、もっともっとそういった社会が子どもを育てる側面が増えていけばいいと思っています。本当は、どんな親の子どもでも、親から逃げ出せる空間が必要だし、もっと切実な事情を抱えて、「この親としか暮らす道はない」と思わなくてすむことで、生きやすくなる子どもたちがいます。
 そうやって社会的なサポートを充実させても、それでも、親が子を決定的に傷つける事態を完全になくすことはできないでしょう。激しい虐待を受けて育った人たちの話を聞くたびに、親に苦しみを背負わされることの厳しさと、それと表裏一体の親からの愛(と執着)は、単純に「外から助けてもらえばうまくいくのに」と言った話ではないと感じます。それでも、生き延びて大人になる子どもたちもたくさんいて*2、せめてサポートがあればもっと事態は変えられるのではないかという思いも消えません。
 私はこうして、社会整備を整えていくことで、産む/産まないの二値の間を近づけることが必要だと思っています。産んでも、自分の思うように生きられることと、産まなくても子どもに接して育児参加できること。両者の間は、観念的な多様性や他者尊重を提唱することではなく、社会整備によって埋まると考えています。
 気持ちに焦点を当ててしまえば、産んだ人は「産んでよかった」「産まなければよかった」の二値化できない複雑さの中に迷い込むだろうし、産まない人も「産めばよかった」「産まなくてよかった」という複雑さの中に入り込むことでしょう。それはもう、個人の思いであって、社会にはどうしようもできなくて、文学や芸術が担う場所です。
 みんな、気持ちとは裏腹な部分も抱えながら、産む/産まないを選択し、自己決定するしかありません。そして、社会はその選択を、正しいかどうかジャッジするのではなく、選んでしまったあとを支えていくことが必要です。個人の気持ちと行為の裏腹さを許容して、受け止めていくような社会的な育児のサポートが必要だと考えています。

 以前、紹介した子どもの支援の団体をいくつか再掲します。

NPO法人「だいじょうぶ」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20111231/1325321403

「京都に子どもシェルターができます」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20111231/1325321402

そして、厳しい状況を生き延びている子どもたちについて書いた本の紹介です。

坂上香「ライファーズ 罪に向き合う」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130531/1369980171

*1:http://d.hatena.ne.jp/font-da/20130612/1371012059

*2:記事の人もそうですよね