性同一性障害医療訴訟 証人尋問傍聴(3)

 前回、前々回の尋問傍聴の記録はこちら。

性同一性障害医療訴訟 証人尋問傍聴」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20090916/1253098998

性同一性障害医療訴訟 証人尋問傍聴(2) 」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20090928/1254138317

以下を再掲しておく。

 京都地裁で行われた性同一性障害医療訴訟の傍聴に行ってきた。原告ヨシノユギは、2006年5月20日大阪医大で1例目となる乳房切除の手術を受けた。しかし、その後、患部が壊死した。ヨシノさんは、適切な精神的サポートも受けられず、苦痛を味わうこととなる。ヨシノさんは、この件を、病院側の医療ミスと連携不足よるものとして、訴えている。*1おそらく、正式なレポートは、支援団体から出るはずなので、以下は素人のメモに基づく雑記であることを前提に読んで欲しい。聞き取り間違いや解釈の間違いもあるかもしれない。
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20090916/1253098998

 本日の証人は、原告側の鑑定医と原告の先輩であった。医療ミスであるかどうかの判定で重要な証言が行われた。
 これまで、患部の壊死が手術時の医師のミスによるものかどうかが、もっとも難しい論点になっていた。ヨシノさんは、5月28日に患部の写真を撮り、証拠として提出している。写真では、患部が変色している。被告側の医師、鑑定医はそれが壊死であるかどうかが、画質が悪いため判定できないと証言していた。そして、壊死が始まったのは手術から2週間以上が経過してからであり、手術が原因の壊死ではないと主張した。その理由には、退院後のヨシノさんの日常生活のなかで、患部に負荷がかかったり、血流が悪くなる行動(喫煙など)をとったのが原因だという。しかし、今日証言した鑑定医は「壊死は医師のミスによるものだ」と断言した。
 鑑定医は、個人開業医*2GIDにおける乳房手術は100例を超えた経験を持つ。鑑定医は、手術直後の写真から、すでに左部の乳頭の血流が悪くなり白くなっていることを指摘した。この時点で、壊死の兆候がみられるという。「(原告のケースでは)手術の時点で運命は決まっていた」と述べ、壊死を防ぐ処置はできない状態になっていたのだと説明する。さらに5月28日の写真では、白くなっている部分は全層壊死であり、完全に血流が通わない状態で、皮膚が死んでしまっている。被告側の医師は「これは(白い)軟膏がついて白く写っているのかもしれない」と述べていたが、鑑定医は「軟膏ではありません。みればわかります」と苦笑気味に答えた。
 壊死の原因として考えられるのは「皮弁形成ミス」「止血のしすぎ」が挙げられた。だが、止血をしすぎた場合、やけどの跡が残るため、今回は考えられない。「皮弁形成ミス」の内容として考えられることは、「デザインミス」「剥離範囲が広すぎた」「皮弁が薄すぎた」「縫合のテンションが高すぎた」などが考えられるという。鑑定医は、GIDの乳房切除手術では、日常生活での動作で患部に負荷がかかり壊死することは、大出血や感染が起きない限りは考えられないと、の意見だ。。もし、それで壊死が起きるのならば、患部をあらかじめギプスなどで固定するべきだという。
 鑑定医は、原告の手術時間が予定よりも大幅に遅れたのは、執刀医が経験不足であるという証拠だとする。経験を積めば、より正確に手術時間を予測することができる。左右を別の医師が執刀したため、胸の大きさを両者で調整するのに手間取ったことか、止血に手間取ったことが理由ではないか、と推測される。また、縫合のテンションが高すぎる場合、皮膚がさけたりするので縫合に手間取るとのことだった。
 原告の患部の状態についても鑑定医から説明があった。鑑定医は、大学病院で手術をした患者が、乳頭が脱落したり、胸にぼこぼことした跡が残ったりするのを、修正する手術も多数手掛けている。原告の場合、患部が壊死して陥没している。そのため、まず脂肪を別の場所からとりだし、患部に移植する。その手術は4〜5回必要だろう。さらに、別の場所から皮膚を移植し、医療的刺青で乳頭乳輪を形成する手術をする。よって、5〜6回の手術が必要になるだろうということだった。
 鑑定医は、GIDの乳房切除手術は、二段階で行うという。まず、乳房を切除する。次に乳頭と乳輪を小さくする手術をする。そのほうが、血流の確保が確実だからだ。また、皮弁のテンションが上がりすぎないように、皮弁の切除は少なめにしている。もし皮がだぶついた場合は、二回目の手術で修正する。胸を作る材料さえあれば、修正は難しくない、と鑑定医は強調した。そのため、材料自体を失ってしまう壊死を避けることが重要なのだ。
 被告側の弁護士からは、インフォームドコンセントについて質問があった。鑑定医は詳しく手術のリスクを説明し、壊死についても話をするという。弁護士は「不安をあおって患者を怖がらせるのでないか」と質問した。鑑定医は、「万が一、乳頭・乳輪の壊死があっても修正できることを説明する。乳がんの場合は、なにもないところから、乳房を作り、乳頭・乳輪を作るので、なにも心配しなくていい」と説明するのだという。上のように、壊死してしまうと修正は大変になってしまう。だが、最大限にそれを避け、さらにもし壊死しても絶望しなくてよいことを、術前に丁寧に説明する。300人、400人に一人は、それでも不安で手術をやめることもあるという。しかし、ほとんどの人は納得して手術を受けると、鑑定医は自らの経験を語った。
 被告側の医師たちは、インフォームドコンセントでは「壊死はまずありえない」とヨシノさんを説得した。そして、壊死が起きると、ヨシノさんが混乱してる最中に、「皮膚を移植すればいいから、深刻に考えなくていい」と言った。もちろん、壊死が起きたことは大問題である。だが、被告側の医師たちのインフォームドコンセントに対する姿勢と、鑑定医のインフォームドコンセントに対する姿勢はまったく異なっているのではないか。インフォームドコンセントは「説明と同意」だと解説されることもある。原告の手術において、インフォームドコンセントがあったなかった、というレベルではなく、質がどうであったのか、という点でも、鑑定医の証言は気になった。


 次に、原告の先輩が、壊死後のヨシノさんに付き添った経緯を証言した。主たる執刀医との面談では、「壊死の可能性についての十分な説明ができず、申し訳なかった。また今回の事態も申し訳なかった」との謝罪があったという。壊死の原因としてはわからないの一点張りだったが、考えられることとしては「縫合の時のテンションが強かったのかもしれない」との発言もあったとのことだ。
 さらに、チーム医療が目玉であるので、連携のためのジェンダークリニックの会議で説明を聞くため、精神科医を通して出席を求めた。だが、その場ではヨシノさんの事情はほかの医師たちには伝わっておらず、30分以上にわたって、原告自らが壊死にが起きたことを説明することになった。医師の反応は、会議中にケータイで通話をしている人がいるなど、あまり熱心にはみえなかったという。対照的に看護師はメモを熱心にとっていて印象的だったとのことだ。会議で精神科医は連携に不備があったことを認め、改めると宣言した。また会議の運営委員長からは、原因究明をしていくことが約束された。
 だが、究明後の結果を待っていたが連絡はない。質問状を出したが回答もなかった。とにかく壊死の原因はわからないという一点張りであった。
 この証言で明らかになったことは、ヨシノさんは最初から裁判を考えていたわけではないとのことだ。医師と話し、病院側と交渉を続けてきた。しかし、誠意をもった対応がとられないため、告訴に踏み切ったのである。医療過誤訴訟は、非常に難しい。専門職である医師と、大組織である病院を相手に闘わなければならない。原告にかかる負担は並大抵のものではない。「裁判を闘う」ことでヨシノさんが被った負担についても、もっと考えなければならないと思う。もちろん、裁判で不正が明らかにされなければならないだろう。そのうえで、「裁判せざるをえなかった」ということ自体が不正である、とも私は思う。

 最終弁論の予定は来年1月21日で、ヨシノさんの意見陳述も行われる予定だ。裁判所職権での和解勧告が11月18日に出ることになっている。また、支援団体から情報が出るはずだ。