近況

 本来ならば9月からはベルギーで在外研究を行う予定でしたが、ビザの問題などもあり、2021年4月に延期になりました。COVID19の影響や学振制度との兼ね合いなどで、しばらくの間はかなり消耗しながら、大使館や受け入れ大学と連絡をとっていました。私は10年以上にわたり、在外研究を希望しながら経済面や研究上の理由でそれがかないませんでした。それだけに渡航ができないという現実に直面するのは大変つらかったです。そのなかで、受け入れ大学の先生方が親身になり、手を尽くしてくださり、本当に救われる思いでした。非常事態においても、遠く離れたヨーロッパで、私の研究環境のために動いてくださる先生方がいらっしゃることに、力づけられて今日に至っています。今後もまだまだ不安定な状況ですので、4月の渡航も心配ではあるのですが、今は前向きに考えています。

 そして、4月からほとんどの研究調査の予定がすっぽりと抜けてしまったので、初めて英語論文を書くことにトライしています。もともと投稿予定でアブストラクトは受理されていたのですが、しっかりと論文執筆に集中できたのはありがたい話でした。1本目はすでに投稿し、editorial reviewでは良い評価を受けてほっとしたところです。今はpeer reviewが始まったところですので、審査結果を待っています。そして、これからあと2本の英語論文を書く予定になっています。

 これまで私は査読論文では、うまく日本の学会と研究課題がマッチせず苦労してきました。私の方も「何を書こうとしているのか」を伝える技術が低く、「どう書けばいいのか」で悩んできました。それでも、今年は論文賞*1もいただき、少しずつ進歩はあると感じているところでした。そこから、英語に言語を切り替え、より広いアカデミズムの世界に出ていくことで、論文を書く楽しみを初めて味わっているところです。査読というのは簡単には通らないものですから、これからまた壁にも当たるのでしょうが、次々と新しいものを書いていきたいと考えています。

 論文に限らず、自分の書くものが変わってことを感じています。環境問題の分野にうつって、急に文学や芸術の話が増えて、自分の中の感情が刺激されたこともあると思います。差別や抑圧と闘い、制度を変えることが重要だという想いは今も変わっていません。金と法律こそが、苦しい状況にある人たちを救うとも思っています。他方、子どもの頃の私は、激しい空想癖があり、児童文学のファンタジーの世界に閉じこもっていました。現実と向き合えない脆弱な子どもでした。その頃の自分を、最近、思い出すことがよくあります。

 そのことを自分に明瞭に突きつけてくれたのは、倉田めば「失われた「声」を求めて」(『治療は文化である』、金剛出版、2020年)です。私は、10年以上前にシンポジウムかなにかで倉田さんのお話を聞いたことがあります。その時のフロアにいた私にとって、倉田さんは成熟した活動家に見えました(たぶん、それはそれで事実です)。でも、その人が自分の心の扉をあけて、アートの世界でまったくちがう自分を表現していることに、胸をつかれました。倉田さんがその中で紹介していた本が『ずっとやりたかったことを、やりなさい』というタイトルだったのも、自分とっては示唆的でした。

新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。

新版 ずっとやりたかったことを、やりなさい。

 

 そもそも、環境分野に移った瞬間に、アートを愛する人が激増しました。それもセラピーではなく、「自己を表現する」ことに集中するアートです。そして、European  Forum for Restorative Justiceという、ヨーロッパの修復的司法の研究拠点でも、やはり環境問題と言えばアートがどんどん出てきます。(もちろん「男ばっかり」という世界からも解放されます)そういう場にくると、私はほっとします。さらに言えば、これまで私が調査を続けている水俣もやはりアートの地です。

 加えて、実は私は6,7月に某公立高校の「パフォーミング・アーツ」という授業の助手をやらせてもらいました。知人が講師をしているのですが、18人の高校2年生、3年生と毎週「何をすればいいんだろう」と手探りで授業を作っていました。一瞬一瞬で、異なる表情を見せる生徒たちと向き合う中で、「表現するってなんだろうな」という素朴な問いに戻っていく感覚もありました。若い高校生の「文字にできる言葉」では捉えられない、非定形の何かがいつも漂っている場が、毎回とても楽しかったです。でも「ああすればよかった、こうすればよかった」という後悔もいつもありました。こういうことも、いま私が「アート」に向かっている気持ちの元にあるのだと思います。

 まだそれぞれは、点と点のままで道筋になってはいないのですが、少し別のことをやりたい気持ちになっているのだなあと思います。もちろん、私は就職を探さなければならない、非正規の研究者でもあります。このようなぼんやりとした発想では、競争に勝てるとはとても思えないというのもあります。もっとオンラインセミナーなどで、積極的に発信していき、業績をあげたほうがいいのでしょう。それと同時に、「そんなことができるなら、私は研究者にならなかった」とも思います。私は労働においては、不動産屋のバイトが一番楽しかったし、自分が役に立っていると感じました。(住むところは、その人の生に直接関わります)でも、私は研究を続けることを選びました。

 以上の話は、まだ矛盾と迷いの中にいて特になにかの結論ではないのですが、メモとして書いておきます。以下、最近、買った本(または予約した)のうちの一部です。読了したものも、まだのものもあります。

夢ひらく彼方へ 〈上〉――ファンタジーの周辺

夢ひらく彼方へ 〈上〉――ファンタジーの周辺

  • 作者:渡辺 京二
  • 発売日: 2019/08/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
植物の生の哲学: 混合の形而上学

植物の生の哲学: 混合の形而上学

 
聖なるズー (集英社学芸単行本)

聖なるズー (集英社学芸単行本)

 
文学から環境を考える エコクリティシズムガイドブック

文学から環境を考える エコクリティシズムガイドブック

  • 作者: 
  • 発売日: 2014/11/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
環境を批評する――英米系環境美学の展開

環境を批評する――英米系環境美学の展開

  • 作者:青田麻未
  • 発売日: 2020/08/31
  • メディア: 単行本
 
荷を引く獣たち: 動物の解放と障害者の解放