出版労連「3.11の後、何を読み、誰に届けるか」(2013年1月1日)

 偶然、出版労連の機関誌を手に取る機会があったので、紹介します。一面では「2013編集者新春座談会」と称して、大山美佐子(編集者、岩波書店労働組合)・岩下結(編集者、大月書店勤務、出版情報関連ユニオン合同支部)・太田胤信(E-Lock.planning代表、出版ネッツ)が対談しています。聞き手は「出版労連」編集部の樋口聡です。
 三人とも、3.11以降に震災関連の本を作っているのですが、出版の「原発バブル」と呼ばれた出来事があったことに触れています。

――”原発バブル”と言われましたね。
大山:それは著者も編集者も、それぞれ自分に突き付けられた問題として皆考えましたからね。
岩下:点数が多いからバブルに見えるが、一点あたりの売上はそれほどでもないのでは。
太田:取次もとるのは、岩波は実績があるからですよね。悪い言い方をすると、先行投資が生きた。売れないときでも出し続けてたよね。
大山:まずい状況にならないように出してきた。それがこんな状況になって、「だから今ちゃんと考えよう」ということで読者をつかんだと思います。
岩下:ぼくのジレンマは、次々に本を出すこと自体が風化につながるんじゃないかということです。
 2008年前後は「貧困ブーム」といわれました。フリーターバッシングなどを経て、ようやく可視化され、社会問題化できた。と思ったら、派遣村政権交代のあと一気にしぼんで売れなくなった。
 本を出せば出すほど問題をネタとして消費することに加担しているんじゃないかと。だからこの問題もそうなるだろうというのが、落ち込んだ一つの理由です。
 別の理由もあって、イラク戦争の頃に劣化ウラン弾の本を出しましたが、さっぱり売れなかった。そこで原発とか放射能ものは売れないと「学習」しちゃったんです。結果論ですが、その後そういうものに手を出さなかった自分もくやしい。こういった矛盾が自分の中で強まって、去年は本づくりにかなり後ろ向きになりました。
太田:ただ、こういうものは最初から買う層は決まっていて、その小さいユーザーにしか届いてないのでは?岩波だって決まった読者層があるでしょう、しかも高齢層で。
 パンクバンドや高円寺の市民運動の人たちなんか、本は買わない。本来、組合のなかの年配の人たちでなく、そういう層に買ってほしいと思ったけど、うまくいかなかった。
岩下:それらを見てると、原発もいずれは、と考えてしまいます。そうならないように本を出す、という考え方もあるけど、むしろ逆効果もあるかなと。

太田さんは、アダルト系の編集が主な仕事だそうですが、南相馬の取材をして半分自主制作のようなかたちで『風化する光と影』という本を作りました。見出しでは「商品としてのニーズと、『これは伝えなきゃ』という部分とで齟齬が。その折り合いが難しい」とコメントが出ています。また、太田さんの所属する出版ネッツのメンバーには、「女たちが動く」という宮城県の女性たちの本を作り、それを通じて運動をサポートするという二人三脚が行われたことも触れられています。太田さんは、デモに関して「オヤジさんが若者に擦り寄るのは気持ち悪い」とも述べており、全体としていわゆる「左翼」の層に入ってこなかった人の、掘り起こしを試みているのかなと思いました。
 一方、岩下さんは、原発後に急ごしらえで、次々に出版社が本を出しまくったことに対して反発を感じ、なかなか本作りに手が出なかったと言います。その後、『福島からあなたへ』という本を出し、ヒットしました。岩下さんは、震災後はネットに依存していたといいます。そこから本の良さを見直した経験を次のように述べています。

岩下:自分は、『福島からあなたへ』が成功しなかったら引きこもりっぱなしだったかもしれません。震災以降、自分自身本を読まなくなり、ひたすらネット情報に依存していました。今後はネット共存しながら紙の本を出す意味を考えていきたいと思います。
 今年はもう1冊『市民がつくった電力会社』(田口理穂著)という本もつくったのですが、これもネットの動画などで話題になっていたものを、現地在住のライターさんにまとめ直してもらったものです。
 ネット上にすでにある情報と安さを競っても勝てません。だからどう付加価値をつけられるかが肝になる。同時に紙の本の優位性もまだまだあります。一例ですが、『福島からあなたへ』のスピーチはもともとネット上で活字化されていましたが、明朝体の縦組みにした瞬間、言葉が詩のように見えてきた。本という形にする意味はあるんだとそのとき思いました。ネット上にあるタダの情報をどうしたら本という商品にできるかが一つの方法論になるかもと思います。

将来的には、本を、「手元に置いておきたい」と思うような一種の嗜好品として楽しむことになるのかな、などと思いました。これだけネットで名画が見れたとしても、やっぱり美術展に足を運ぶ人はなくなりません。「生」「本物」というものの価値付けがそこにあるからだと思います。では、わざわざ、ネットで読むのではなく、紙を読むことには、何の意味があるのか、というのは私もよくわかりません。印刷技術は、情報を拡散するために、コピーをたくさん作り出すわけですが、その内容ではなく、本という物体にも魅力があるのでしょうか。
 対談の最後は「明日への模索」という見出しがついています。

――出版の将来には、みな危機をもっています。2013年の展望はどうでしょう。
岩下:社会的意義がある本を出したいと編集者はみんな思っていると思いますが、結果として狭い読者層を奪い合って市場を飽和させるだけなら意味がない。出版で食っていくということと、本を出す意義とのうまいバランスを見いだしたいですね。原発問題についても、関心の低下のなかでも、厳しい闘いになると思います。総選挙で脱原発の新党や都知事選の統一候補を立ち上げさせたのは世論の力だと言う希望は感じています。
大山:1年前は組合で被災地を回りました。自分たちでなんとかしなければと、例えば阿武隈地域の女性たちのグループが「かーちゃんの力」という食のプロジェクトを立ち上げていました。生きのこるだけでなく、何かをしようと動いていく人たちに組合も引っぱられています。
――先行きは不透明だけど、動いていかなくちゃと。
太田:書き手のひとりの村上和巳さんは、「取材してもお金にならないなんて、ぜーんぶ持って行かれた人に比べれば何てことないよ」と。そういう多くの人たちにボクたちは生かされ、未来に進んで行くんだと思います

「総裁選・都知事選の結果があれでいいのか?」「やっぱり、『かーちゃん』なのか?」「お金にならないのは、やっぱりまずいんじゃないか?」などと思いますが、きっと紙面の関係でカットされた、もっと生々しくて丁寧な話があったんではないかと希望を込めて読みました。この機関誌で120円だそうです。

風化する光と影―“メディアから消えつつある震災”の中間報告 東日本 (マイウェイムック)

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