ブコメを非表示にしました。
このブログのはてなブックマークを非表示にしました。私自身のブックマークもプライベートモードに移し、見れないようになっています。実質的にはブックマークの使用をやめました。ブログは続けるつもりです。
私は、はてなダイアリ時代から自分の記事にブックマークをたくさんしていただいてきましたし、私自身も毎日のようにブコメを残したりしていました。ブクマのみでお目にかかる人も多く、やめてしまうのは寂しくはありますが、一区切りにします。ブクマは攻撃的なコメントや、誹謗中傷もあり、嫌な思いもしたのですが、私の場合は全部を振り返るとマイナスよりプラスのほうが多かったです。ブコメを通して、私が自分の態度を見直し、主張を修正するきっかけをたくさんいただきました。これまでありがとうございました。
今後は、これまでの姿勢を変更し、一方的に文章を発信するブログにしたいと思います。このごろはスターをつけていただくことが増え、そちらは楽しみにしています。いつもありがとうございます。
直接のきっかけは、例の「オープンレター」です。はてなもやはり、その話題で持ちきりのようですし、見るたびに精神状態が悪くなるので距離を置こうと思いました。また、今も私が書いた記事に反応がありますし、揶揄的なコメントがつけられたりすることもありました。誰を責めたいわけでもなく、コップに注がれていった水が溜まりに溜まって溢れてしまったように、「やめよう」と思ったに至ります。これまで何度も炎上してきた私が、なぜ、この件に関してだけひどく落ち込むのかは、大学外の方にはわかりにくいと思います。とにかく、私にとってこの件は受け止めきれない出来事でした。女性が研究者として日本のアカデミアで生きていくことの困難を突きつけられたからです。
また、これまで個人的に関わったセクハラの問題でも、同じようなことを目にしてきたことがあります。みな、最初は被害者に同情的ですが、だんだんと被害者の行動を咎め始め、そのうち「加害者こそが〈本当の被害者〉なのだ」と言う人が現れます。最初は両手をあげて被害者を支持すると言っていた人たちが、次々と沈む船から逃げるネズミのごとく離脱していきます。「被害者に寄り添う」というのは美しい言葉ですが、最後までそれを完遂する人はほとんどいません。いつも同じことが起きます。みんな、「声をあげてほしい」と被害者に言うのに、いざ、自分に火の粉がかかるとわかれば手のひらを返すのです。わかっていても、それを目にするのはしんどいことです。
このブログを見ている方の中には、この問題に心を痛める研究者もいると思います。もし、あなたに余力があれば、あなたの学生や知り合いに(この件には触れなくていいので)なにかのかたちで「自分は性差別を看過しないし、加害を正当化しない」と伝えてくださると嬉しいです。私は今、ベルギーにいて、幸い、「日常的に反性差別の態度を表明している人たち」と研究をしています。そのことが、一番私の支えになっています。
同時に、私の研究はどうしようもなく、日本語と日本の(各地域の)文化と紐づけられています。私は日本で生まれ育ち、思考し、もう中年になってしまいました。それらの基盤は、欧州で研究を進める上でも重要なものです。今後も研究を続けていくならば、私は日本のアカデミアと自分を切り離すことはできないでしょう。
昨日、27年目の1.17をベルギーで迎えました。そのとき、私の胸に到来したのは、「私はそれでも神戸の地面は好きだな」ということでした。ベルギーには地震はありません。なので、ここの地面は私たちをしっかりと支え、揺らすことはありません。でも、私は神戸の地震を起こした地面より、ベルギーの地面の方がいいかというと、そうとは思いませんでした。神戸には有馬温泉もありますしね。そんなふうに思ったのは、別のオンラインのイベントで、ある人から、津波で家族を亡くしたかたが海を見て、「海を悪くないよね、海は悪くない」と自分に言い聞かせるようにおっしゃったという話を聞いたからかもしれません。その言葉の重みと、自分の思ったことが同じだというつもりはないですが。
最近は、台湾の作家の呉明益の作品を愛読しています。「複眼人」は人間の環境破壊が主題になっていますが、作中で何度も地震が起きる話でもあります。