近況(映画MINAMATAなど)

 今回の近況は水俣についてあれこれをまとめて書いています。

 ついに日本では映画「MINAMATA」が公開されたようです。海外向けの予告編に字幕がついたものがありましたが、私はこちらの方が国内向けの予告編より好みです。残念ながら、私はベルギーにいるため、まだ観ていいません。今のところ劇場で公開される見込みはないようです。配信やDVDの販売を待っています。

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 映画評論家の中には、水俣の現実が描かれていないと批判する人たちもいるようです。たしかに、これは実話をベースにした作品で、私も聞いた話からですが「そこは史実のままいってほしかった」と思うエピソードも創作されていました。しかしながら、エンターテイメント映画として、ジョニー・デップが主演で、国際的に水俣病の話が世界中の注目を集めるのは本当に意義のあることですし、今こそ環境問題で再検討すべき、「加害者の責任」の問題が可視化されたのは素晴らしいことだと私は思っています。

 私は研究者なので、資料を元にできる限りの真実を追求します。映画で描かれる一株運動については、6万字以上の論文を書いて、論文賞も取りました。このときは水俣病センター相思社に協力していただき、段ボールに詰められた資料をひっくり返して調査し、未公開資料も許可を得て使わせていただ、かなり頑張りました。患者さんたちの様子はもちろん、運動を提起した弁護士の思想や運動に参加した学生、各地で運動に思い寄せた人々などの動きなどの全体像を描き出そうとしました。

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 しかし、二つのことを思います。第一に、6万字もかけて書いたのに、本人は全く「現実に迫れた」と思えていないことです。一株運動は水俣病運動のほんの一部分にすぎません。それにもかかわらず、いくら語を費やしたのしても、そこからこぼれ落ちる現実などいくらでもあります。私の手によって再構成された一株運動は、一つのストーリーでしかありません。第二に、ほとんどの人は6万字もある論文を読みません。それは当然のことで、よっぽど興味があるか、専門分野に関係のある人しかこの論文は読まないでしょう。

 私の論文はともかく、土本典昭監督の名作ドキュメンタリー「水俣 患者さんとその世界」もどれくらいの人が実際に鑑賞しているでしょうか?この映画は私も大好きで何度か観ていますが、白黒で2時間46分あり、ほとんど説明はなく、水俣弁での会話が飛び交います。間違いなくアートとしては素晴らしいですが、よっぽど映画が好きか、水俣病に興味がないと最後まで観るのは大変でしょう。

 私は大学で非常勤講師として働くようになって痛感しましたが、「私が良いと思う映画」は学生は必ず寝てしまいます。最初は要領が分からず、名作映画を元に議論をしようとしましたが、バタバタと机に顔を伏せていく学生を観て「これでは意味がない」と思いました。学生はハリウッド映画やアニメ映画が好きなのです*1。そして、私もエンターテイメント映画も好きなので、かれらの気持ちはよくわかります。そんな経験をふまえると、映画「MINAMATA」を通して、これまで水俣病の問題を詳しく知らなかった人たちが、改めて「水俣で何が起きたのか」に関心を持つのではないかと期待しています*2

 また、東京・水俣病を告発する会の季刊「水俣支援東京ニュース」98号(2021年7月25日)では、会員のおひとりが「ハリウッド水俣映画をどう観るか 史実と創作をめぐって」という評を書かれています。この評では、映画のなかで史実がどう創作に置き換えられたのかが解説されています。そのうえで、こんなふうな問題が提起されています。

この映画に限らず、ほかの水俣病映画や作品に対しても、「自分の方が患者に寄り添っている」とか「事実関係に詳しい」など、上から目線の言説を目や耳にすることがままある。もちろん討議は大事だが、公式確認から65年経っても苦難と対峙している水俣の現在を、少しでも多くの人々に伝えたち立場としては、半端な自己主張と誤解されるような言説は控えねばと自戒する

 上の言葉に私はギクリとしました。ともすれば、ひとは自分が他人より知っていることに優越感を持ち、それを正しさの根拠にしようとします。けれど、それを戒める言葉を目にして、「全くその通りだ」と思いましたし、おごってはならないのだと思いました。

 「東京・水俣病を告発する会」は1970年に発足以来、東京を拠点に水俣病患者支援に取り組んできた団体です。ウェブサイトはないようですが、Facebookにページがありました。年間2000円で季刊「水俣支援」を購読できます。

https://www.facebook.com/minamata.supporters/

 また、水俣病センター相思社のニュースレター「ごんずい」162号(2021年8月25日)の特集は「映画MINAMATA」で、アイリーン・美緒子・スミスさんのインタビュー記事があります。相思社職員の小泉さんは、水俣での「MINAMATA」の上映会の事務局担当で、その準備の様子を報告しています。6月のスタッフ向けの試写には、水俣病の患者さんもこられ一緒に映画をご覧になり、当時を懐かしむような雰囲気もあったそうです。そのうえで、小泉さんはそんな気持ちになれない方も水俣にはいらっしゃることを付記されています。そんな葛藤もありながら、小泉さんは映画を観て「軽くて明るい」と思ったと言います。

水俣の中にいる私は、水俣病を説明しようとするとき、語りにくさや、割り切れなさのような重みに引きずられている感覚がある。それを振り切って軽やかに表現するのは、少なくとも私には難しい。わかりやすく一言で説明しようとするものなら、そんな単純やないやろ、と自分に突っ込みが飛ぶ。割り切れなさの中に何かあるような気がして、あえて語りづらさにこだわってしまうときもある。水俣からの距離のあるところから、水俣とそこに関わった人をつかみ出して表現された映画の思いがけない明るさはまぶしかったし、今の私には心地よかった。

 こんなふうに小泉さんは感想を述べた後に、「リアルな水俣ではないからこそ、描かれていることの普遍性が浮き彫りになっている」のではないかと読者に提起しています。この部分は、とても面白いし、議論の甲斐あるテーマだと思います。ぜひ、映画をご覧になった方の感想もお聞きしてみたいところです。(なお、後日、水俣での映画の上映会は大盛況で、無事にうまくいったとお聞きしました。)

 水俣病センター相思社は、1973年に裁判後の水俣病患者の生活支援と交流の場として設立されました。現在も患者相談・支援をしていますし、水俣病の関連資料を収集しています。考証館が併設されて個人での見学も可能ですので、水俣をもっと知りたいと思った方はぜひご訪問ください。また、会員になるとニュースレター「ごんずい」を自宅に送ってもらえます。

www.soshisha.org

 今はりんごの季節なので、相思社を通して青森の低農薬りんごを買えます。私はもう注文して、日本にいる知り合いに送ります。私は帰国予定がないので食べるのは難しそうですが、感想を聞くのが楽しみにです。

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 そして、元相思社職員の遠藤邦夫さんの本が出ました! 岡山出身の遠藤さんは、学生運動を経て、新左翼の活動家になります。しかし、運動への行き詰まりから逃げ出すように、全てを捨てて、1980年代後半に水俣に流れつきます。ちょうどその頃は、水俣病センター相思社の転換期でもありました。遠藤さんは1990年代の相思社の組織の立て直しと、熊本県水俣市のもやいなおし事業の重要なステークホルダーになっていきます。これは「映画MINAMATA」のその後の話であり、大きな公害が起きた地域で、粘り強く活動を続けてきた支援者たちのあゆみをこの本は記録しています。同時に、この本は、マルクス主義者で唯物論者だった遠藤さんが、地域の人々とのかかわりのなかで神様がたくさんいる暮らしを直視し、自分が水俣でできることを探していった、ライフストーリーでもあります。装丁も美しい本で、私はまだ手に取ったところですが、これから読むのが楽しみです。

 最後に、私の登壇するイベントのお知らせです。ついに、島薗進氏との対談企画「死にゆく人と愛の関係を再構築する技術」が迫ってきました。修復的正義や水俣についてお話しします。イベントは10月8日19時から、オンラインで開催されます。有料で事前の申し込みが必要ですので、参加をご検討される方は以下のリンク先をご確認ください。

wirelesswire.jp

 

 

 

 

 

 

 

*1:そのなかでも、「トレンチ」という地味な第一次世界大戦の映画が学生の心を掴んだのは嬉しい誤算でした。おそらく、学生と年が近く、身近に感じられる話だからでしょうか。

*2:たとえば、私は映画「八甲田山」を観て衝撃を受けて、あとから自分で調べてみたところ、映画では美化されていた案内人と徳島大尉(高倉健)の関係が、史実と違うことを知りました。それでも、この映画がなければ私は八甲田山でなにがあったのかを自分から調べるきっかけはなかなか無かったと思います。