性暴力・DV被害の実態調査の記事の追記
先日、公開した性暴力・DV被害の実態調査について書いた記事が、予想以上にアクセスを集めてしまいました。該当記事は以下です。
「日本社会における「女性に対する暴力」は少ないのか?」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20181028/1540696942
私の記事はこの統計調査は国際比較をするにはまだデータが不十分であり、確定的なことは言えないため、調査者の結論のうちの「女性に対する暴力被害は、EUと比較すると、少ない。暴力の形態に限らず,EUのほぼ半分である」の部分には同意しないと書いています。
これが、以下のブログ記事で紹介されてネットで話題になりました。こちらの記事内では私の論が批判されています。両者を読み比べてどちらの論が妥当であるのかの判断は、読んだ方にお任せしようと思います。特に私から言うことはありません。
「日本では女性への暴力は少ないと言う調査結果に困惑するフェミニスト」
http://www.anlyznews.com/2018/10/blog-post_29.html
それはともかく、京都女子大学教授の江口聡氏のブログ記事でも、同じ調査が紹介されました。
「EUの女性に対する暴力の調査はすすんでるなー」
https://yonosuke.net/eguchi/archives/9705
こちらの記事では統計調査の詳細が丁寧に紹介されています。私自身、セミナーでこの話も聞いたのですが、取り急いで自分の論だけを書いたので飛ばしてしまいました。こうして補足記事が出るのはとてもありがたいです。
さて、EUの調査についてですが、江口さんは「すすんでる」と書いていますが、私はそうは思っていません。私はこの調査は、一面では役に立ちますが、別の一面では誤解や偏見を強化します。なぜなら、統計調査は常に目的を持って設計されるからです。以下の点には留意が必要です。
(1)「女性に対する暴力(Violence against Women)」という語が使われていること
先の記事にも書きましたが、この調査では「女性に対する暴力」として、調査対象者を女性に限定しています。しかしながら、性暴力やDV などの被害を受けるのは女性だけではありません。性自認が女性でない人たちもいます。また、「女性に対する暴力」という言葉で想定されやすい加害者は「男性」であることが多いため、「同性間の暴力」や「女性の加害者」の問題を見落とす危険があります。
この調査は2012年にEUで始まっていますが、その時点で上のような指摘はすでにされていました。英語圏では「女性に対する暴力(Violence against Women)」という言葉は、「ジェンダー化された暴力(Gendered Violence)」に置き換えられることが増えています。この語は、ジェンダー構造を背景として起きている暴力一般を指し、男性が被害者であっても、こうした暴力を訴える困難の背景にはジェンダー構造があるというような含意を持ちます。しかし、このEUの調査はいまだに「女性に対する暴力」という語を用いています。
その点から、私は次のことを類推します。すなわち、この調査はフェミニストが中心となり、「女性」に焦点を当てているということです。さらにこの調査はEU内の国の被害実態の比較をしています。そのことにより、EU内では発展途上国のほうがDVや性暴力に苦しむ女性が多く、「支援・教育が必要である」という結論が導き出されます。この調査をもとに、おそらく女性に対する「支援・教育」のための予算が増えます。(それを担うのはおそらくフェミニストでしょう)これについて、私は裏付けを持っていません。しかし、ざっとこう推測してフェミニズムのバイアスのかかった調査だとみなしています*1。
私は性暴力やDVの問題については、こうしたフェミニスト・アプローチによる「支援・教育」には懐疑的です。こうした暴力は常に社会構造の中で起きます。貧困や民族差別と切り離して考えることはできません。先進国と発展途上国の、EU内の経済格差はいまだに大きく残っているわけですが、その影響は性暴力やDVの問題に及んでいます。また、性暴力やDVは、それぞれの地域の社会や文化と絡み合って起きています。一概に発展途上国は性暴力やDVが多いという視線を、先進国側が向けること自体が、暴力的に働くことがあります。
当然ながら、「女性に対する暴力」の調査を行い、女性に対する「支援・教育」に対する予算を増やしていくことは、必要があるから行われており、私も異論はありません。そのためにはエビデンスが必要です。EUはそのための資金を提供しているので、とても良いことです。しかしながら、国家間の格差の解消や、文化の多様性の尊重の問題については後退せざるを得ません。何度も書きますが、私は統計調査は必要だと考えています。他方、こうした調査を「進んでいる」とは表現しません。
(2)統計調査では母数が重要であること
(1)のような留意点はあるものの、EUが「進んでいる」とすれば、このような大規模調査を行うことができることでしょう。EUの調査は、EU加盟国の全土で行われています。こうした調査が行えるというのは、それだけ統計調査の重要性と、DVや性暴力についての深刻さが認知されているということです。このことについて、EUが「進んでいる」ということについては同意します。
EUに対して、日本で行われた今回の調査は、関西地域にとどまり、調査サンプルの母数は2448人です。有効回答率が30.3パーセントであり、有効回答票は741件です。非常に限定された調査であり、日本のごく一部の地域でしか実施されていません。その理由は予算の不足であるため、私は今回の調査の限界であったと認識しています。しかしながら、どうしても関西地域のみの母数741件の調査と、EU全土で行われた調査を比較するのは難しいものがあります。
たとえば、この調査でもっとも顕著な結果であるのは、「パートナーから受けた最も深刻な暴力を通報した女性は0%(53人中0人)である」という点でしょう。EU全体の調査では14パーセントが通報しているのに比べると、衝撃的な値だと言って良いと思います。日本ではパートナーの暴力が起きた場合、「誰も警察に通報していない」ということです。これは日本の「女性に対する暴力」の被害者が通報できないという困難を示しています。しかしながら、その回答数は「53人」です。統計調査は数が多ければ良いというわけではないですが、100に満たない回答数というのは、かなり厳しいものがあります。
2017年度の内閣府調査*2によれば、日本で配偶者からの暴力*3を「警察に連絡・相談した」という女性の被害者は2.8パーセントいます。もちろん高い数値ではありませんし、EUの調査と(本来は直接的には比較できませんが)比べても大変低い値です。しかしながら、ゼロではありません。内閣府調査は全国で行われ、母数は5000人で、有効回答率は67.5パーセントであり、回答者は3376人(うち女性1807人)です。「配偶者からの暴力の相談先」を聞かれて回答したのは、650人(うち女性427人)です。調査方法は違うことを差し引いても、母数を増やせばさすがに通報率0パーセントということはなくなります。
どちらの調査でも、日本では「パートナーから受けた暴力」を警察に通報する女性はきわめて少ないという傾向は見て取れます。他方、今回の津島さんたちの調査が小規模なものにとどまり、有効回答数が十分ではないことも言えます。そもそも、EU内の国家比較のためのデータを、EU全体との比較にできるのかどうかも疑問です*4。これらを踏まえると、あえて私がEUの調査が進んでいる点というと、統計調査に予算をしっかりつけるところです。
(3)調査方法は一長一短であること
先ほど紹介した江口さんの記事では、内閣府調査は質問紙形式であり、質問項目も不備があると指摘されています。私はそれも同意するところで、こうした繊細な暴力の調査は訓練を受けた調査員が丁寧に聞き取りをしたほうが良いでしょう。その点で、津島さんたちの調査は非常に優れたものです。
しかしながら、こうした丁寧な調査はお金もかかりますし、調査者も多大な労力を費やすことになります。そのため、調査地域も限定されますし、継続調査が難しいという問題が出てきます。性暴力やDVの統計調査は、実数の多寡を推測すること以上に、経年変化を見ることに大きな意義があります。経年的に見ても、同程度の回答数が続けばある程度の確度のある調査だとみなせるでしょう。回答数に変化があればその理由の分析が必要になります。
私も内閣府調査には改善の余地はあると思います*5が、「日本全国の調査であり、回答数がある程度は確保されているところ」「経年変化を見ることができるところ」は非常に大事です。それに、男性の被害の調査も始まっており、これ以降も改善が望めます。
調査は常に人的資源とお金の問題がつきまとうので、完璧なものを目指すことは意味がないとは思います。他方、単純に「こちらが進んでいる」「こちらは遅れている」と言えるほど、単純でもありません。私自身は、現段階では、内閣府調査も、回答数が十分にあるという点では有用だと考えています。(もちろん、津島さんたちの調査にもっとお金がついて、大規模に行われればそれが一番良いと思いますが、現実的判断としては難しいでしょう)
(4)調査結果の解釈には恣意性が常につきまとうこと
最後に、今回の統計調査について「被害女性の回答の割合が高い国は、被害実数が多いのではなく、支援・教育が行き届いているために、調査でも被害について話しやすいのだろう」という解釈について、賛否が分かれたようです。私は前の記事で詳しく述べましたが、この解釈を支持しています。津島さんもセミナーで、EU内の国家比較の場合には、この解釈に同意していました。だからこそ、私は「なぜ、日本だけにこの解釈を適用しないのか」という疑問を持ちました。その点で言えば、私も津島さんも「被害女性の回答の割合が高い国は、被害実数が多いのではなく、支援・教育が行き届いているために、調査でも被害について話しやすいのだろう」という解釈は、EU内の国家比較については共有しているわけです。
江口さんは、この解釈自体に不同意なようです。EU内の比較において、イギリスやフランス、ドイツなどの先進国のほうが、ブルガリアやポーランドなどの発展途上国とみなされる国よりも、DVや性暴力の被害の割合は高く出ています。そのことから考えて、前者の方が性暴力やDVの実数が多く、支援や教育の対策も不十分であると考えているのでしょうか。もちろん、そう解釈することも可能だと思います。そうなると、私はもちろん、津島さんとも解釈を違えることになります。
江口さんは、これだけ細かい質問項目で、丁寧に聞き取りをすれば、被害者自身が暴力に気づかないことはないと考えているようです。しかしながら、私は十分にあり得ると思います。実際に、当事者に関わっていると、本人が自分の身に起きていることを、すっぽりと忘れていることはよくあります。またいくら丁寧に質問されても「否認」することがあるのも推測できます。たとえば、セラピーでは、暴力の記憶が5年、10年かけて浮かび上がってくることがあります。なぜなら、自分の身に受けた暴力を言葉にするというのは、それだけエネルギーが必要で大変なことだからです。質問者が、共感的な調査者であっても変わりません。
では、どうすればこのような調査の回答を促すことができるのでしょうか。それは、いくら調査設計で、面接の仕方を工夫していても限界があります。日常の中で、身近な人からの暴力に敏感になり、そのことが話せるような土壌を作っている必要があります。これは気の長い話で、一朝一夕でできることではありません。それでも調査方法を洗練させるだけではどうにもいかない部分があります*6。裏返して言えば、その丁寧な土壌づくりの成否が、逆転した結果を生むと考えるので、「被害女性の回答の割合が高い国は、被害実数が多いのではなく、支援・教育が行き届いているために、調査でも被害について話しやすいのだろう」という解釈に至ります。そのプロセスに実証データはありませんから、恣意的なものとなります。その点では、私も津島さんも、調査結果の恣意的な解釈を採用しているということです。
以上の点は、非常に瑣末で、津島さんたちが行った統計調査の意義に比べれば小さな指摘にすぎません。私自身、統計調査については非常に素晴らしいと思っています。ただし、雑なことを言わずに、丁寧にものごとを言っていくことも大切だと思っています。批判的視座を持ちつつ、今後の調査に期待したいです。
*1:念のために書いておきますが、私はフェミニストではありますが、性暴力やDVについては微妙な立場です。王道をいくフェミニストではないので、フェミニスト中心の支援や教育には不満を持っています。(海外の研究会では私はフェミニストを名乗ることはありません。なぜなら、英語圏の主流のフェミニストの主張にはほぼ沿わないからです。王道のフェミニズムでは、私のやっている性暴力事例における修復的司法は禁忌です)それから、ここでは調査にバイアスがかかっていると書いていますが、行政組織の統計調査はなんらかの政策立案を前提に行われることが多く、それ自体は不正でもなんでもありません。戦略の一つです。
*2:http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/e-vaw/chousa/pdf/h29danjokan-4.pdf
*3:この調査の最大の問題点は、親密な関係における暴力を、配偶者間に絞っているところです。
*4:私はこの統計調査であれば単純に、EUの国家比較の中に「関西地域」がどを埋め込むほうが適切だと思います。その「関西地域」のデータは、EU内の発展途上国と近接することがより鮮明にわかるでしょう
*5:そもそも「暴力」についての調査だと明示しているのは、大きな問題でしょう。加えて私も江口さんと同様に「なにを暴力だと思いますか」という設問は、被害者のバイアスを強める可能性があり問題だと思います。
*6:私のこのような提言は、これまでネットでは冷笑的に扱われてきました。ところが、当事者に話すと「それだ」と同意されることがよくあります。もちろん、すべての当事者がこうした気の長い話を支持するわけではないとは、思います。それでも「被害者のために」という名目で調査方法が洗練されていくのは、変な話だと思いつも感じています。