「風俗で働く」ことを怒ることは百害あって一利なし

目次
1.「風俗で働く」若い女性に説教する婦人科医
2.風俗で働く若者への説教の弊害(社会的な問題)
3.自分を大切にできないこと(心理的な問題)
4.支援者こそが学ばなければならない
5.情報をアップデートすること

1.「風俗で働く」若い女性に説教する婦人科医

 婦人科医の河野美代子が、風俗で働く(若い)女性たちへの警鐘を鳴らしている。河野さんによれば、性風俗店で働く若い女性たちは「あまりにも無防備」だという。近年は、簡単にセックスワークに従事できるようになり、性感染症にかかったり、望まない妊娠をしてしまったりして、婦人科を受診する。まだ高校生の子どもたちもいる。その子たちへ、河野さんは医者の立場から「こんな無防備なことをしていてはあなたの体がダメになってしまう」と説教するという。さらに、仕事中に殺されたセックスワーカーについてはこんな風に書く。

 殺されてしまった女性もいます。警察に協力をした時に、そのまだ幼い顔を見てとってもかわいそうでした。同時に「彼女はこんな危険な仕事をしているということが分かっていたのだろうか」とも思いました。
 昔から性を仕事にしている女性たちはいました。今に限ったことではありません。でも、今ほど無防備なままに何も指導もないままに、多くの女性が危険に身を置いている、こんな時代はなかったのではないかと思います

「ああ、遅かった!!性風俗で働くということ」
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-14bb.html

2.風俗で働く若者への説教の弊害(社会的な問題)

 上記のような河野さんの発言は、セックスワーカーが仕事の上で危険に身を晒す可能性を高める。さらには、セックスワーカーの健康へも悪影響を与えかねない。要するに、百害あって一利なしの発言である。その理由を社会的な問題の背景を説明し三点にまとめる。
(1)セックスワークへの偏見を強める
 セックスワークは、他の仕事と同じように、その時代ごとに異なる業務形態を持つ。河野さんも上記の記事で触れているが、性風俗店は2000年代以降、店舗を持つ営業から、デリバリーヘルスなどの無店舗営業へと主軸を移行している。この背景には、景気の変動、ケータイやネットなどの通信機器の発達、さらには性風俗の取り締まりによる店舗の郊外化や不可視化がある。女性たちの性意識*1の変化以上に、性風俗業界を取り巻く社会の変化や、景気の低迷が大きな影響を与えている。
 こうした無店舗営業は、セックスワーカーの安全を守るための、スタッフの介入が遅れやすい。また、店舗を通さず個人で自由売春をする女性たちは、簡単にセックスワークをしているように見えることもある。こういうセックスワーカーは身を守るすべ*2を持っておらず、客からの暴力に晒されやすい。こうした安全度の低いセックスワークに従事する人たちは、まず、より安全な職場の情報を持っていないことがある。次に、厳しい性風俗の市場での競争の中で勝ち抜けず、自由売春を選ぶことになることもある。
 これらは、若者の貧困と似た問題でもある。危険で過重な労働に従事する人たちは、ハローワークで研修を紹介してもらったり、優良な仕事の情報が手に入ったりするという情報を知らないことがある。また、労働経験が少なかったり、病気や障害を持っていたりして、労働市場の中で勝ち抜けず、ブラック企業や(望まない形での)派遣労働を選ぶことがある。
 「若者が安易な気持ちで、ブラック企業や派遣労働を選んでいる」というのが偏見であるように、「若者が安易な気持ちで、危険なセックスワークを選んでいる」というのは偏見である。昔より今のほうが、労働条件が悪いのは、その人たちの意識の問題ではなく、社会の問題である。
(2)セックスワーカーに対する婦人科受診のハードルをあげる
 セックスワークは身体的接触・性的接触が多く、感染症のリスクを持った仕事である。介護や医療の仕事と同様に、感染症予防につとめ、定期的にリスクの高い病気については検査する必要が出てくる。性感染症はもとより、空気感染や皮膚の接触で感染する病気のリスクもある。本来は、健康に関して医療者と信頼関係を築くニーズがある。だが、自分が従事する労働の内容について明かしたら、怒るような人と信頼関係を築けるだろうか。
 自分が性感染症にかかったとして、婦人科を受診するセックスワーカーは、とても健康に気を遣っている。特に10代で受診する子どもたちは、性の知識を持ち、健康を守ろうとしているからこそ、医療機関にアクセスする。これは褒められることであって、怒られることではない。
 「無防備」に見えるセックスワーカーの中には、客からの不当な要求に従わざるをなかったり、競争に勝つために不本意ながら危険な行為をしていたり、情報を得る手段がなかったり、事実を知るのが怖くて情報を直視できなかったりする人もいる。その状況にある自分を責めているセックスワーカーもいる。
 こうした場合、きちんと研修を受けたり、仲間とのつながりで情報を得ることができたりしていれば、避けることができる危険がある。だから、セックスワーカーの健康を守って働くことは、セックスワーカーの労働環境の向上がカギとなる。過重労働やセクハラの問題と同じである。個人のセックスワーカーや労働者を責めても問題は解決しない。自分の身を守るためには、安心して働ける職場が必要なのである。
 セックスワーカーへ必要なのは、エンパワメントであり、説教ではない。上のような記事をもし、健康に心配のある(特に若い)セックスワーカーが読んだら、婦人科での説教を恐れて受診を避けるかもしれない。そうなれば、いっそうセックスワーカーの健康を損なうだろう。
(3)殺人や性暴力の被害者への二次加害を助長する
 当たり前だが、セックスワーカーの殺人で問題になるのは、セックスワーカーの意識ではなく、殺人者の意識である。お金を払ってサービスを受ける中で、その提供者を殺してしまうのは、大変におかしい。
 また、密室で一対一になることが危険だとすれば、医者こそが危険な職業である。先日、精神科医が患者に殺されるという事件があった*3。確かに、金銭の授受がある中で、一対一で関係性を作ることは大変に難しい。だから、スキルの高い職業であるし、その中でサービスの提供者はより良い方法を模索する。セックスワーカーもまた、客に対して自分なりの方法を持ってサービスを提供している。
 中には暴力をふるったり、殺人に及んだりする客もいるが、それは単なる加害者であり客のカテゴリーではなくなっている。客と加害者は分けて考えなくてはならない。だが、河野さんの記事ではまるで「客」と「加害者」は同一であり、セックスワークに従事することは、殺されるリスクを負うべきかのように読める。当たり前だが、道を歩いている人が狙撃されたときに防弾ベストを着ていなかったことが責められないように、仕事中に殺されるセックスワーカーがそれを防げなくても責められるいわれはない。責めるべきは、セックスワーカーを暴力の標的にした加害者である。

3.自分を大切にできないこと(心理的問題)

 2では、セックスワーカーの置かれる社会的な問題について話をした。もしかすると、「金銭的に厳しい中で、プロ意識を持って客と交渉し、健康に配慮するセックスワーカー」と、河野さんに「プロ意識がなく、無防備だとされてしまった若いセックスワーカー」は違うという人がいるかもしれない。3では、後者の中に一定数いるだろう、自分から危険に見えるセックスワークを行う人の心理の問題について話をする。
(1)虐待被害とセックスワーク
 セックスワークに従事する人の中には、被虐待経験を持つ人たちがいる。特に性的虐待の経験を持つセックスワーカーについての、実態調査が行われた。以下に紹介している。

性的虐待経験者が性産業で働く理由とその実態調査 支援編」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20121231/1356939597

 強調しておきたいことは、被虐待経験があることが、セックスワークに直結しないことだ。そうした経験があってもなくても、すべての人はセックスワークに従事しうる。そして、もし被虐待経験があったとしても、トラウマとは関係なくセックスワークに従事する人たちもいる。
 他方、明らかにトラウマの影響で、精神状態が悪い中でセックスワークに従事する人たちもいる。それが、被虐待経験の再演*4だとされることもある。この場合も、セックスワークを選ぶことは禁止されるようなことでも、責められるようなことでもない。なぜなら、そうした周囲からは不合理で危険に見える行動の中で、被虐待経験者が回復の糸口を見つけることはよくあるからだ。
 虐待被害とセックスワークは、あるセックスワーカーの中ではまったく関連がなく、あるセックスワーカーの中では濃くつながっている。そして、後者の場合、トラウマ反応の知識がないと、まったく不可解にみえることがある。
(2)トラウマ反応とセックスワーク
 トラウマ反応で有名なものとして「侵入」と「回避」がある。前者の「侵入」の一つであるフラッシュバックはよく知られている。過去の出来事が、現在に侵入してきて勝手に目の前で再生してしまう。突然、過去に引き戻されてその情景の中で、切迫した緊張感や絶望感、痛みや苦しみを再び味わうこととなる。後者の「回避」の代表例が「解離」である。トラウマの生々しい傷の痛みから、自分の感覚を切り離そうとする心の反応だ。まるで、目の前で起きていることが、他人事のように感じられてしまう。記憶を消してしまうこともある。
 回避の状態にある人は、トラウマの痛みを麻痺させることで、ようやく自分を保つことができる。また、違法薬物や過剰な飲酒で、自分の状態をぼんやりさせることもある。セックスがその装置になる人もいる。そうした状況では、自分が傷つけることにも、他人を傷つけることにも、周囲からみると異様なほど鈍感で無防備である。かれらは、自分を大切にしていないように見えるが、実はそうすることでトラウマに耐えられない自分を守っているのだ。周囲からは「自分を大切にしなさい」と言われる状況であっても、本人にとっては「自分を全力で大切にしている」ことがある。生き延びる技法なのだ。
 こうした回避の中で行われるセックスワークは、危険なものになりやすい。暴力を振るおうとする人たちからも、「無防備」に見えるために標的にされることがあるからだ。だが、多くの場合、回避している人たちは、自分の状況を説明できない。そのため、周囲からは「あの人は虐待被害者としてはかわいそうだが、その後の暴力は自業自得だ」などと言われやすい。しかし、その人がかろうじて死なないでいるためには、危険なセックスワークを必要とすることがある。
 こうした心理状況を紹介するのは、心の中を探って欲しいと言うためではない。一見、「無防備」な人の心の中で、嵐が吹き荒れているかもしれないことを、想像して欲しいと言うためである。「わけのわからない」人にみえても、その人にとっては理屈の通ったことであるかもしれない、という想像力を持つことが必要だということだ。
(3)生き延びるための支援
 (2)の状態にある人に、単純に危険なセックスワークをやめさせることは、生き延びる方法を奪うことでもある。これは、違法薬物やアルコール依存でも同じことだ。周囲からは、その人の安全を守ろうとすることでも、本人にとっては殺されるような恐怖である。だからこそ、説教ではなく支援が必要である。より、安全な方法を選べるように周囲が支えるのだ。
 たとえば、セックスワークで身を守るための情報を得る場所や、安心して受診できる医療機関が必要だろう。そして、孤立して問題を抱え込まず、相談できる同業者のネットワークが支えになる。これは、直接にコミュニケーションをとらなくても、同業者の団体があったり、体験談を読める場所があるだけでも、大きな支えになる。実際に、日本でもそうした場が、セックスワーカーの当事者によって作られてきた。

Girls Helath Lab
http://www.girls-health.jp/

SWASH
http://swashweb.sakura.ne.jp/

Sweetly Cafe
https://www.facebook.com/SWEETLY.jpn

こうした取り組み抜きに、セックスワーカーの支援は語れない。
 河野さんは記事で「今ほど無防備なままに何も指導もないままに、多くの女性が危険に身を置いている」と言うが、実際には何とかセックスワーカーの安全を守ろうとする取り組みが行われてきた。それを、社会は無視し、河野さんのように当事者の力を軽んじて「指導」をしようとする。そうした態度は、自分を大切にできない「無防備」なセックスワーカーの力を奪うばかりである。

4.支援者こそが学ばなければならない

 3で書いてきたように、セックスワーカーの支援は、セックスワーカー自身によってつくられてきた。セックスワーカーでない支援者は、まずかれらの蓄積に敬意を払い学ぶ必要がある。ちょうど、2013年に支援者向けの日本語ハンドブックも出版されたところだ。

セックスワーカー×支援者サポートハンドブック
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=289481354526283&set=a.115536778587409.16122.100003932632931&type=1

これは、セックスワーカーが自分の職業を明かして相談するときに、どんな不安や困難があるのかについて、具体的に書かれたよいハンドブックである。中には、実際にセックスワーカーの立場を理解するためのワークショップの形式の紹介や、NGワード集もある。抽象的に「セックスワーカーを尊重する」のではなく、具体的に「何が必要で、何がNGなのか」を知るための第一歩*5となるだろう。また、出前講座やワークショップもお願いできるので、積極的に支援者の側が学ぶことができる。
 また、SWASHではカラーのきれいな「はたらきかたマニュアル」をPDFで無料公開している。

SWASH Resources
http://swashweb.sakura.ne.jp/node/5

説教するのではなく、情報を渡し、セックスワーカーのネットワークにつなぐこと。それが直接、その人の仕事のやり方を変えるのかどうかはわからないが、何かあった時に助けを求めるきっかけにはなるかもしれない。そうした考えを、支援者が持つことで、セックスワーカーの力を少しでも奪わないような支援につなげていくことができるだろう。
 セックスワーカーにはさまざまな人がいる。プロ意識がある人もない人も、経済的に困難な人もそうではなく見える人も、心理的に落ち着いている人も取り乱している人も。「無防備」に見える人の心の中で何が起きているのかはわからない。大事なのは、その人の力を奪わず、よりよい支援を目指すことだ。

5.情報をアップデートすること

 河野さんは、臨床の場にいるので、風俗の業務形態がソープからデリヘルに移っていることや、暴力団がかかわっていることが多いことは、知っているという。だが、突然、石原慎太郎の小説を参考に挙げはじめる。

昔、私が大学生の時、そんな小説を読みました。あの、石原慎太郎の小説です。おそらく慶応がモデルと思うある大学生の女性が、当時は高級コールガールと言われていた仕事で学費や生活費を得ていました。ある日、ホテルに行った所、同級の大学生数人が待ち構えていて、集団でレイプされて、そして彼女は自殺してしまうという小説でした。(私、慎太郎の小説は好きだったのに、年を取ると、どうしてあんなクソじいさんになってしまったのかと思います)
http://miyoko-diary.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/2-3760.html

私はこの小説は知らないが、検索したら1962年の「雲に向かって起つ」という作品が出てきた。コールガールが出てくるようだが、これだろうか。なんにせよ、時代状況はまったく違う話である。
 近年は、セックスワーカーの状況を描いたルポがいくつも出ており、私も紹介してきた。危険なセックスワークは、社会福祉制度の不備の問題でもある。

出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで

出会い系のシングルマザーたち―欲望と貧困のはざまで

生活保護とシングルマザー」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20120529/1338269876

ほかにもたくさんある。

援デリの少女たち

援デリの少女たち

彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力

彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力

 また、関連して、性的虐待を受けた後、危険に身を晒す子どもたちについての本の紹介も先日した。

性的虐待を受けた子どものための本」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20131122/1385102670

 もちろん、時代が経過しても素晴らしい本はたくさんあるが、石原慎太郎の小説ではちょっと対応できないだろう。社会と共にセックスワークも変わる。情報をアップデートすることが必要である。

*1:河野さんは、この記事で女性の性意識を問題にし、男性のことは問題にしない。また、セックスワークに従事するのは女性だと前提にしている。もちろん、セックスワーカーは女性だけではない。

*2:風俗店のスタッフや、バックの団体

*3:この場合も、当然、「患者」と「加害者」は違う。医者を殺そうとする時点で、「患者」は「加害者」のカテゴリーになっている。(この点は、精神病患者への偏見を助長しかねない記述になっていると、Twitterでご指摘いただきました。ありがとうございました。)

*4:自分が過去と同じ暴力を振るわれるように、わざと仕向けているように見える、被害者の独特の行動のこと。特に支援者にとっては「止めるべきこと」とされている場合が多い。

*5:第二弾の意企画もあるそうです