「性犯罪前歴者にGPS、大阪府も検討」

 大阪府橋下知事が、性犯罪*1前歴者にGPSをつけた端末携行を義務付ける条例を検討すると述べたという報道がありました。

「性犯罪前歴者にGPS、大阪府も検討」

強制わいせつの件数が去年、全国最悪となった大阪府が、逮捕歴のある性犯罪者らに居場所がわかるGPS端末の装着を義務付ける条例の検討を始めました。

 「子どもや女性が被害者になる性犯罪は、絶対に許せない。何らかの行政的な対応ができないか、条例化できないか検討する」(大阪府橋下徹 知事)

 2日の大阪府議会で、性犯罪の前歴者にGPS端末の携帯を義務付ける条例の検討を打ち出した橋下知事。きっかけは性犯罪の増加です。

 警察庁の統計によりますと、大阪府では去年1年間で強制わいせつの件数が1078件にのぼり、8年振りに全国最多となりました。

 性犯罪前歴者らにGPS端末を義務付ける条例は、宮城県が全国に先駆けて検討を始めています。しかし、人権的な配慮から慎重な対応を求める声もあがっています。

 「行政としてできる範囲が、どこまでなのか。自由の制限になってしまうのか、どうしても引っかかる」(大阪府橋下徹 知事)

 大阪府は今後、宮城県の条例などを参考に大阪府警とも協力して、再犯率が高いとされる性犯罪対策を検討していく方針です。(02日17:07)(TBS動画ニュース)
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4663416.html

先日、宮城県の知事が同様の発言をしており、それにならったものでしょう。宮城県「女性と子どもへの暴力」懇談会のメンバーの沼崎さんは、GPS端末携帯について、現行の性犯罪・性暴力防止のシステムの運用がうまくいけば必要ないというような指摘をしていました*2



 上記の報道では、「性犯罪の増加」がこの条例設置のきっかけであったと書いています。しかし、繰り返しあちこちで言われていることですが、性犯罪の統計はあまりにも多くの暗数があります。
 2008年に実施された「男女間の暴力に関する調査」では、次のようなデータが出ています。異性から無理やりに性交された経験のある女性は、20代において11.4パーセントを占めます。10人に1人以上の割合で、性暴力の被害を受けた若年女性がいることになります。さらに、被害者と加害者の関係性についての調査は、以下のような結果が出ています。

その出来事の加害者との面識の有無を聞いたところ(図5−2−1)、3人に2人は「よく知っている人」(66.7%)と答え、「顔見知り程度の人」(19.3%)という人は約2割で、『面識があった』人は9割近い。「まったく知らない人」(9.6%)という人は約1割である。
http://www.gender.go.jp/dv/pdf060424/h18report2-5.pdf

そして、そのうち警察に相談したのは5.3パーセントです。誰にも相談しなかった人は64パーセントです。相談しなかった理由は次のようになっています。

被害について、どこ(だれ)にも相談しなかった人(73 人)が相談しなかった理由としては(図5−5−1)、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」が 39.7%で最も多くあげられ、次いで「そのことについて思い出したくなかったから」(32.9%)と「自分さえがまんすれば、なんとかこのままやっていけると思ったから」(30.1%)が3割台となっている。
http://www.gender.go.jp/dv/pdf060424/h18report2-5.pdf

つまり、日本では性暴力被害にあった女性の多くは、親密な関係において暴力をふるわれ、誰にもいえないでいるのです。また、男性の被害者や、同性から被害を受けた女性はもっと相談しづらい環境にあります。つまり、警察庁の統計にあがってくる性犯罪は、ごく一部で、大半は身近な家族や恋人、友人など親密な人たちから暴力をふるわれ、どこにいるのかは被害者が一番良く知っているような状況にあるのです。「街のどこかに潜み、被害者を付け狙う性犯罪者」というイメージとは相反する現実です。その一部の性暴力加害者の増減を取り出して、性暴力防止の施策の全体を論じることはできません。性暴力の実態を知りたければ、もっと相談しやすい環境を作っていくことが最優先されます。
 また、上のTBSの報道記事に添えられている動画では「再犯率が高いとされる性犯罪」とのナレーションが入っています。これは、統計を使う上で注意が必要な表現です。

「性犯罪と再犯率
http://www.macska.org/meg/recidivism.html

詳しい解説は上記の記事で述べられています。まず、「再犯する性犯罪者」と聞くと、「繰り返し性犯罪を行う人」をイメージしがちですが、一部の統計では、たとえば「万引きで捕まったあと、性犯罪を行った人」も「再犯する性犯罪者」としてカウントされています。次によくある誤りは、「再犯率」と「再犯者率」です*3。「再犯率」とは、一人の人が犯罪を繰り返す割合です。「再犯者率」とは、ある犯罪のうち再犯である人の割合です。両者は一致しません。なぜならば、少数の加害者が繰り返し性犯罪をおこなっていれば、「再犯者率」はあがるからです。ナレーションはさらりと「性犯罪は再犯率が高い」と言い、どのようなデータを元にしているのかはわかりません。過去に、マスコミが繰り返し誤解やあやふやな認識で「性犯罪は再犯率が高い」と報道してきました*4が、それが是正されていないのかもしれません。上の解説記事にもあるように、性犯罪が再犯率が高いということは、「データ上で顕著に明らかになっていること」ではありません。
 つまり、「性犯罪が増加し、前歴者はさらに性犯罪を繰り返す」という事実は、統計上では明らかになっていません。こうした言説を繰り返しマスコミは報道してきましたが、科学的には立証されていません。この前提の下、施策を論じることは問題があります。
 もちろん、性暴力を振るう人を放置してよいとは私も思っていません。その処遇は、次のように紹介されています。

「性犯罪者更正プログラム」
http://www.macska.org/meg/offenderprog.html

処遇は大まかに「刑罰」「カウンセリング」「条件付け」「化学的・外科的去勢」「認知行動療法」があげられています。そして、GPS端末の携帯は、ミーガン法(過去に性犯罪を行った人の情報を公開する)を含む「監視」にあたるでしょう。ミーガン法の場合は、再犯率を下げるというデータは一切出ていません。

ミーガン法の現在」
http://www.macska.org/meg/consequences.html

 さらに新しく、詳しい資料はこちらです。

性犯罪者の治療と処遇

性犯罪者の治療と処遇

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結論としては、「適切な処遇はいまだ模索中である」ということです。繰り返し書いていることですが、これは厳しい状況です。それでも何か施策を打っていかなくてはならないのも、現実です。
 この上で、「GPS端末の携帯を義務付ける」モチベーションとは何でしょうか。いま、やらなくてはならない施策なのでしょうか。


 一方で、橋下行政は、ドーンセンターでの予算の削減を推進してきました。そのとき、私はこうした記事を書いています。

橋下知事は被害者を見捨てるつもりなのか?」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20080408/1207659453

フェミニストの抗議と申し入れの活発な活動により、ドーンセンターの相談事業は残ることができました。また、DVや性暴力の被害者を支援する相談員を養成するをフェミニストカウンセリング講座も継続されています。こうした地道な活動を、橋下知事はつぶそうとしてきました。そうした状況の中でも、大阪では民間のワンストップセンターがウィメンズセンター大阪に設置されました。

「性暴力被害者への行政の支援は削られています」
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20091104/1257333088

SACHICO 性暴力救援センター大阪
http://homepage3.nifty.com/wco/sachico/index.html

こうした被害者支援つぶしと同時に、政治パフォーマンスとしての加害者の監視施策が進められています。加害者への処遇の最善策がいまだわからないまま、有効であるとわからない施策をとろうとしているのです。冒頭で紹介した沼崎さんの発言にあるように、いまあるシステムの運用の見直しを先にすべきではないでしょうか。行政の冷遇にも負けず育ってきた性暴力被害者の支援活動をもう一度賦活することこそ、行政のとるべき施策だと私は考えます。

*1:以下、私は「性暴力」という言葉と、「性犯罪」という言葉を使っています。私は両者を、立件された性暴力を「性犯罪」、それ以外も含めた性暴力を「性暴力」として、区別しています。現況の法では、強姦は「男性器を女性器に挿入するもの」とされています。たとえば。男性が挿入被害にあった場合は、「準強姦」とされ、強姦より軽い犯罪とされます。また痴漢において、性器に直接触れたものは「強制わいせつ」であり、衣服の上から触れたものは「迷惑条例違反」です。こうした法律上の犯罪の区分は、長い間性差別や性暴力への偏見に基づく不適当なものであるという抗議がなされています。しかし、いまだ刑法は変わっていません。私は通常は、「性犯罪」に含まれないとされる暴力も含めた「性暴力」という表現を使っています。また、性犯罪被害者のみならず、立件されない性暴力被害者への支援と配慮を求める立場にあります。今回は、「性犯罪に限らない性暴力被害者の救済」と、「犯罪者としての性暴力加害者への処遇」を同時に扱っているため、両者を混ぜて使っています(あまり整理した記事になってなくて、読みにくいと思いますがすいません)

*2:ソースだったwebの記事はもう消えてしまったようです

*3:さらに詳しい解説はこちらですhttp://d.hatena.ne.jp/rna/20050104#p2

*4:詳しくはこちらhttp://deadletter.hmc5.com/blog/archives/000085.html