スイーツフォビア

 「スイーツ(笑)」という表記が流行っているのは知っていたけれど、長らくその意味はわからなかった。「笑」「笑」と書くと楽しげな感じがするので、「みなさん、盛り上がっているなあ」と他人事であった。チトの「みどりのゆび」効果*1で、「辛い現実も笑い飛ばそう!」というポジティブな表現かな、とか勝手に妄想していた。
 しかし、実際には、「スイーツ」という単語を使う女子を、蔑み嘲笑するという、殺伐とした表現だった。あんまり良い笑顔ではないみたいだ。女子は、主体的に考えることがなく、リテラシーがないという。なんかもう、150年前にJ.S.ミルが批判したようなミソジニーとあんまり変わらん。
 ところが、id:kanjinaiさん経由で、「スイーツ男」を批判する記事を読んだ。

男のクセに甘いものが好きだなんて、普通に考えたらヒジョ〜に恥かしいことなんだから、どんなに甘いものが好きでも、男だったら、人前では「男がケーキなんか食えるかよ!」って見栄を張ってて欲しい。そして、どうしてもケーキが食べたくなったら、深夜、自宅から離れたコンビニに変装してって、コッソリとケーキを買って来て、部屋のドアに鍵をかけて、窓のカーテンも閉めて、絶対に誰にも見られないようにして、それで食べて欲しい。そして、次の日には、ゆうべケーキを食べたことなんてミジンも感じさせないように、男らしく振舞って欲しい。

きっこ「スイーツ男に鳥肌全開」『きっこのブログ』

「ちょっと、しっかりしてください!妄想と現実がごっちゃになってますよ!」と、とりあえず突っ込みたくなる記事である。そういう「男らしさ」を欲望することは否定されないだろう。しかし、自分の欲望を他人に押し付けるのは単なるハラスメントである。
 記事の概要は「男には(私の求める)男らしい人でいて欲しい」ということだ。私は、この記事を読んで、トランスフォビア*2を感じた。「男は男らしく、女は女らしく」という規範から外れると、激しく攻撃を加える。
 トランスジェンダーに関する、アメリカの書籍を読むと、たいていフェミニズムのトランスフォビアへの言及がある。特にフェミニストたちが抱いた、「MTFは男性の特権を手放さずに、女性の領域に入ってくる」という被害妄想に基づくフォビアへの批判は、繰り返し論じられているようだ。*3自らの「男/女」の線引きを問い直す気がなければ、男が越境してきたとき、それは侵略者にしか見えないだろう。もちろん、記事を書いた人はジェンダーに関する活動家でもなんでもない(たぶん)ので、特に政治主張としてやっているわけではないだろう。しかし、その身振りは大変差別的である。
 と、書いてきたが、「お前はどうなのだ?」という話だ。実は、私はこれに類する経験を持っている。
 同居人と初めてのデートのときのことだ。12時ごろ、京都駅のミツヤに誘われた。どういう店かというと、ネットの評判にすでにこう書かれている。

昭和の香りがまだ残っているような喫茶店です。
メニューにもそんな感じがいっぱい残っています。
(略)
二回ともデートでいったのですが、
友人や一人で行くのに向いてるお店かと思います。
デートでいく場合は、カフェみたいにおしゃれな場所ではないので気取らない格好で入れるお店と思っていただければとおもいます。
http://r.tabelog.com/kyoto/rvwdtl/333944

同居人は、こういう店をチョイスする男子であった。
 そして、二人でメニューを開いて、店員さんを呼んだ。私は「たらこスパゲティ」を注文した。そして同居人は「チョコレートケーキとアイスコーヒー」を 注文した。私はそこで「ウッ」となった。まず、お昼ご飯にケーキを食べるのはどうなのか。次に、同居人のほうが、私より「女の子らしい」注文を入れたことにビックリした。もちろん、運んできた店員さんは、ケーキを私の前に置こうとする。私は、恥ずかしいなあと思いながら「いえ、あっちです」と言った。しかも、注文が間違って伝わって、アイスコーヒーではなく、オレンジジュースが運ばれてきた。私は店員さんを呼び止めて、交換してもらおうと思ったが、同居人は「いいよ、いいよ、忙しそうだし」と遠慮してオレンジジュースを飲み始めた。うわー抗議する「男らしさ」ゼロである。
 以上が、私の当時の感覚だった。言い訳しておくけど、当時の私は10代で、フェミニズムにも触れたこともなかった。今なら、たとえ、同じことが起きても、PCが働くに違いない。しかし、言い訳しようとも、そういう風に思っていたことは白状する。
 だが、なにせ初デートのことなので、そんな同居人が「スイーツ男」であることなど、すぐに忘れた。アバタもエクボである。「男らしくない」という頭をよぎった不安は、「やさしい人でよかった」と勝手に変換された。その後、同居人が「酒・タバコ・ギャンブル」に一切興味がなく、甘いものに生きがいを感じてる人だと知って、違和感はなくなった。むしろ、一緒に紅茶専門店でアフターヌーンティーの二段になったケーキスタンド↓つつける楽しみをみつけた。

西洋骨董洋菓子店 (4) (ウィングス・コミックス)

西洋骨董洋菓子店 (4) (ウィングス・コミックス)

「男らしさ」への妄想は、私も十分に持っている。しかし、実際に付き合っていくこととは、妄想を実現することではない。だから、同居人が食べ物をに関して、男らしくないことは、そんなに重要ではない。*4
 こういう話を、さっきまで、同居人としていた。しかし、つい先ほど、驚愕の事実が判明した。同居人が、あの初デートでチョコレートケーキを注文したのは、「単にケーキ好きだったからではない」という。初デートで、極限までに緊張していた同居人は、私と二人きりで向き合って、会話しつつ食事をするなどという芸当ができるとは、とても思えなかった。ケーキならば食べやすいから、なんとか口周りやテーブルに食べこぼしをせずに、クリアできるだろうと考えたらしい。そ、そうだったのか…6年たって明かされた真実である。*5

*1:児童文学「みどりのゆび」より。

みどりのゆび (岩波少年文庫)

みどりのゆび (岩波少年文庫)

チトの親指は、押し付けたところに花を咲かせてしまう魔法の「みどりのゆび」である。チトは、その親指で、国中の戦争兵器に花を植えつけて、使えなくしてしまう。

*2:実は昨日、某トランス活動家さんと、この話をして盛り上がった。スイーツ問題は根深いのですよ。

*3:私は、『セックス・チェンジズ』に収録されたサンディ・ストーン「帝国の逆襲」が印象に残っている。

セックス・チェンジズ―トランスジェンダーの政治学

セックス・チェンジズ―トランスジェンダーの政治学

*4:ていうか、この記事を書いた人は、食べ物に興味がないのかもしれない。相手が食べるものに、そんなに執着するのは不思議だし、逆に美味しいグラタンは性別関係なくおいしく食すのが食道楽の道だろうと思う。

*5:なんかもう、さらに「女の子らしい」発言で、ちょっと萌えちゃったよ、私。