本田孝義「船、山にのぼる」

 舞台芸術系のML*1で話題にあがったので、早速観てきた。「船、山にのぼる」というドキュメンタリーである。ダムの底に沈む村に、芸術家たちがプロジェクトを持ち込んで、共同体に連帯意識をもたらす様子を描く。というと、葛藤やドラマを想像するかもしれないが、この映画は記録映像に近い。伐採された木で船を作り、それがダムに浮かぶまでの10年以上の資料を編集して、再構成している。大変、大変、地味であるのだが、私は得るものが多く、パンフレットまで買ってしまった。
 広島の灰塚では、1960年代にダム建設の計画が持ち上がった。長期にわたる、反ダム闘争が繰り広げられたが、1990年に人々はダムの近隣の再建地区に移住することが決まった。1994年に、「アースワーク*2プロジェクト」と称して、「何かここでアートを作って欲しい」として芸術家が招聘される。しかし、家や田んぼはもちろん、学校や庭木、あらゆるものを移住させてしまうという非日常的作業を、淡々と、日常としてこなす地元住民に、芸術家たちのほうが衝撃を受ける。そして、「アースワークプロジェクト」を離れて、芸術家たちが独自のPHスタジオを組織。資金を調達し、「船をつくる話」というアートプロジェクトを始める。
 「船をつくる話」は、本当に船をつくるだけのアートである。ダムの底辺になる予定地で、いかだを作る。それをダムの限界水位実験中の、水位の上昇にあわせて浮かべ、タグボートで引っ張って移動させる。最終的に水位実験が終わり、通常の水位に戻ると、小高い山の土の上に船が着地する。「それになんの意味が?」と誰もが思う。そして、地元住民からみても、その試みは理解しがたく、相手にされない中、芸術家たちはしぶとく船を作ってしまった。
 映画の基調をなすのは、この船の製作過程である。芸術家たちの思想や意気込みを語らせることもない。アピールのために、村道を白い木製の動物の人形を引っ張って練り歩く姿も、さびしく盛り上がらない。忍耐、忍耐で、地道に船を作り続ける様子が、淡々と描かれる。途中で、ダムの完成予定が近づくと、「まっているあいだ」と称して、地元の芸術家や住民との交流ワークショップが始まる。
 その中でも、住民は特に何かを熱く語るわけでもない。しかし、彼らの生活には、植物の存在が大きく根付いていることが、映像を通してわかってくる。自宅のあった場所に群生していた葛を獲り、布を織る。ネムノキを獲り、染色する。炭を焼く。ワークショップの中で、日常の暮らしの中にあった、これから失われていく植物とふれあっていく。
 さらに、老木「えみき」を植え替えるプロジェクトが立ち上がる。これは地元住民である今井秀明さんらが中心になった。今井さんは、パンフレットに秀逸な解説を寄せている。地元住民は、自分たちが住んでいた場所がダムに沈むことはやはり辛い。「たいせつなもの」が失われる気がする。置いていかなければならないものの象徴が「えみき」であった。そして、この「えみき」を移植することが、住民たちの移動がこれで最後である、という儀式になるという。そして、その後押しをしたのが、「船をつくる話」のプロジェクトだったのだ。
 「えみき」の移植は、映像内でも、祭りとして描かれている。はっぴをきた住民が、トラックに載せられた「えみき」を綱でひっぱる。ワッショイ、ワッショイと大声で掛け声をかけ、みんなの力で動かすのだ。移住は、物理的な問題だけではない。生まれ育った地を奪われ、培われてきたコミュニティが壊れてしまう。その連帯感の喪失を、もう一度祭りにより再生する側面が、この映画では描かれている。
 今井さんは、自分たちのプロジェクトと振り返ったあと次のように述べる。

 比して、「船をつくる話」は無邪気で曇りがなく、それでいてなかなか深い企画でした。私は移動するときの様子を岸から見ました。とても幸せな気分でした。数百年の時間の湖に浮かんだ船が、ゆったりと移動していました。ずーっとこのまま見ていたいという気持ちでした。映画のその移動シーンは、私にとっては「英雄の帰還」とでも言うべきものでした。

今井秀明「えみき爺さんと船」『船、山にのぼる』パンフレット、13ページ)

面白いのは、今井さんが、「えみきの移植」と「船をつくる話」を、同じ試みの中で、別の位相にあると捉えていることだ。どちらも、ダムに水没する土地を去るための儀式である。しかし、今井さんにとって、「えみきの移植」が具体的な人と人とのつながりの中で、生身の人間の情念を昇華するものであるのに対して、「船をつくる話」はもっと象徴的な出来事であり、自身は当事者ではないのだ。
 映像の中でも、反ダム闘争のリーダーだった人が、「ダムに沈むというのはマイナスでしかないのに、この『船をつくる話』は、なんかおもしろいじゃない?そこがいい」というようなことを言っていた。映画では描かれないが、地元住民の長い闘争の中には、苦悩があり葛藤がある。そして、自分たちの選択だとはいえ、水に沈めなければならないことに、身を切るような辛さがある。しかし、「船をつくる話」はそういった心理的側面をまったく取り上げない。外部から来た芸術家たちは、外部の人間として、よくわからないことをして、去っていくのだ。
 あまりにも鮮やかな、フェアリーテールの現出がそこにあったので、感銘を受けた。フェアリーテールでは、来訪者(stranger)が神や精霊などの役割を持つ。ある日、危機に面した共同体に、内部の当事者に関わりつつ、外部であり続けるという、境界線に立つ存在がやってくる。そして、内部の当事者にはわかる象徴に、できごとを読み替えた後、いなくなってしまうのだ。この読み替え*3は、フェアリーテールの定番であり、もっとも重要な仕事である。共同体内にあったトラブルは、解決されるのではなく、そのトラブルを起こしていた根が解体され、気がつくと内部の当事者は、問題が問題でなくなったことに気づくのである。
 芸術家たちが、どこまで計算し、どこからが偶然起きたことなのかはわからない。ただ、この構造ができてしまったことが、私にとっては驚きである。*4ぜひ、この映画にとどまらず、詳しい調査や分析が出て欲しいと思った。芸術が社会に関わるとは、どういうことかが、もっとクリアーに見えてくるだろう。とても地味な映画だったが、得るものは多かった。

*1:エウテルペという、誰でも参加できるMLです。興味或る方はどうぞ→http://groups.yahoo.co.jp/group/euterpe-ts/

*2:http://www.dnp.co.jp/artscape/reference/artwords/a_j/earthwork.html

*3:シニフィアンの意味体系のズレを起こさせる、と言ってもいい

*4:私は1990年代から活発になった、舞台芸術系の公共事業に、あまり良いイメージがない