「若い演劇人のための基礎講座」(講演:宮城聰)

 シアトリカル應典院*1で開かれている、「若い演劇人のための基礎講座」に見学にいってきた。本来は有料の連続講座だが、無料公開で一般参加者も入場できる「秋の特別講演」という企画が設定されている。*2
 講演者は、元「ク・ナウカ」主催だった宮城聰。現在は、静岡舞台芸術センター(SPAC)の芸術総監督に就任している。

 少し、SPACの位置付けについて、講演会で宮城さんが述べたことも織り交ぜながら書いておく。
 ヨーロッパでは、演劇という芸術は国のバックアップで支えられているところが大きい。各国はナショナルシアターを持ち、専属劇団を持っている。演劇も国の威信を賭けた事業のひとつなのである。
 日本で、その気運が高まったのは1990年代である。そもそも1980年代からのバブルに端を発している。貿易黒字の処理に困った政府の解決策として、芸術が目をつけられたのだ。これからは、物質的豊かさではなく精神的豊かさを目指す、という掛け声のもと、助成金の整備や、地方自治体のハコモノ行政が始まる。各地方の公共劇場の建設計画も次々と構想された。
 しかし、トップダウン方式で、作られた劇場は、お粗末なものが多かった。「多目的ホールは無目的ホール」*3と揶揄されるような劇場が建てられる。また、建物の建設費だけを計上し、その劇場を維持する管理スタッフはもちろん、劇場つきの劇団の維持費など、予算に含まれていなかった。そこで、誰も照明機材や音響機材を使えなかったり、だれも使用申し込みをしないような劇場が急増した。今も、赤字施設として、ほこりをかぶった劇場が地方にはあるようだ。
 もちろん、その中でも健闘していくような、地域密着型の公共劇場も生まれていく。そして、日本で(演劇関係者の中では)一番有名で特異な公共劇場がSPACである。専属劇団を持ち、劇場の貸し出しをせずに、自分たちだけで劇場をまわしている。そして、その費用は静岡県が負担している。*4
 SPACは、10年以上、鈴木忠志が実権を握ってきた。スズキメソッドと呼ばれる、独特の様式美を習得した専属劇団が築き上げられる。そもそも、鈴木さんは1980年代から利賀村に拠点を移し、東京ではなく地方の力に注目している。SPACの芸術総監督に就任してからは、都市インテリ趣味人ではなく、地方で生活を営む人たちに密着した芸術を志向したようだ。*5

 さて、SPACが持つのは4つの劇場と、劇団。当時、宮城さんは、「ク・ナウカ」が軌道にのり、やっと安定した作品製作に取り組める環境になったと考えていたという。そこに、鈴木さんから、総監督の引きつきの話がきた。両方をやることはできない。そこで、宮城さんは「ク・ナウカ」を解散し、今年の4月から、SPACの総監督に就任した。
 その理由はなんだったのか、という話が講演中に出てきた。宮城さんは、充実した環境にありながら、心のどこかに隙間風が吹いているのを感じていたという。それは、次の疑念だった。「今、東京で演劇鑑賞を趣味にしている人はかなり恵まれている人なのではないか」という疑念である。
 宮城さんの原点には、「私」と「世界」の間の断絶との格闘がある。それは、この肉体を持った私は、言葉で世界に働きかけた瞬間に乖離する、ということへの敏感さともいえる。宮城さんは、その、言葉だけが世界に吸い込まれ、「私」は置いてけぼりになってしまう感覚を、舞台にもって上がろうとする。そして、どうすれば他者と共有できるのかを模索してきた。宮城さんにとって、演劇をすることとは、「世界」とつながろうとする挑戦を、観客と共有する試みなのだ。
 ところが、東京で「ク・ナウカ」の公演に来る観客に対して、宮城さんはこう思う。「こうやって、劇場まで来れるというのは、経済的にも精神的にも余裕のある人たちである。本当に、世界とつながれない、(私の)演劇を必要とする人たちは、劇場までくる余裕なんてない人たちなのではないか。本当に(私の)演劇を必要としている人には、私はまだ出会ってないのではないか」そのことが、いつもどこか頭の片隅にあったという。
 宮城さんは、本当に演劇を必要とする人たちとは、世界との断絶に絶望してしまった人たちだ、とする。宮城さんは、自分も含めて、演劇に関わろうとする人たちは、世界との断絶にセンシティブではある。しかし、何か働きかけようとするエネルギーはもっている。だが、そうではなくて、諦めて世界と関わることを避ける人たちもいる。
 その人たちの一群は、難病や高齢者、過疎地など、物理的に人とのかかわりを遮断された/やすい人たちだ。もう一群は、中高生など、子どもたちだという。宮城さんは、俳優のような、世界と関わることに対して命がけになって苦しむ人たちの存在をみせ、「このような関わり方がある」ということを示したいという。「人間はここまで、世界に関わることに必死になることができるのか」という驚きを与える。しかし、世界と関わることを諦めた人たちは、劇場にもとても行こうと思わないだろう、という結論にいつも陥ってしまう。
 そこにきたのが、SPACの総監督をやらないか、という話だった。SPACは、公共の劇場であり劇団である。民間の劇団は、常に芸術の最先端を目指さなければいけない。公立であれば、そうでない形での演劇の模索が可能ではないか、と感じたという。それは、劇場で待っていても出会えない人たちに、公立の劇団ならこちらから出向いていけるのではないか、というアイデアが浮かんだからだ。俳優集団が、本当に演劇を必要とする人のところにいって、出会えるのではないか、と考えた。
 そこで、SPACの総監督を引き受けたという。

 非常に、面白い話だった。会場全体が盛り上がるのを感じた。後半の質疑応答でも、この点についての疑問が宮城さんに集中した。私も二点の発言をしたので、書いておく。

(1)SPACが「演劇を本当に必要としている人=世界と断絶している人」のところに行って、公演をすると銘打つと、逆にSPACが来たところの人は「世界と断絶している人」とみなされることになる、という問題について。それは、周囲から見て、「やっぱりあの人たちは世界とかみ合わないんだ」という価値観の強化につながるし、本人たちも「やはり自分は世界と断絶しているというふうに、見られているのだ」と傷つく可能性がある。
 これに対する宮城さんの答えは、ひとつはテクニカルに解決する必要があるということだった。できるだけさりげなく、さまざまな人たちのところに出向きながら、自分たちが「世界と断絶している人」とみなす人たちのところに行く、という配慮が必要だという。もう一つは、「そこで結果を出せればよいのではないか」との答えだった。
 両方とも納得いくものなので賛同した。特に、結果については、逆に結果を出せなければ、相手を傷つけるだけに終わる可能性がある、という問題意識を、前提にする出発点には共感した。

(2)それは、SPAC側が「世界と断絶している人」を利用していると言えないか。これは、西洋人がバリ島の演劇を「今まで観たことがない」と驚き、自分たちの趣味に取り入れるが、権力関係は省みないというオリエンタリズムと似ている。鈴木さんの利賀村や静岡での取り組みも、私には国内オリエンタリズムにみえた。
 これに対しては、宮城さんは「そういう風にみえる、というのは驚きだ」と答えた。それは、たとえば障害者との共同制作で、健常者の側のほうが得るものが多いということが言われすぎたのではないか、と指摘する。「どちらも得るものがある」で良いのではないか、とする。
 ここで、いくらかの議論が続いた。私は、社会的文脈として、差別―被差別関係にある二者が、舞台にあげられて「やっぱり違いますね」というのは、作品でなくても語れる差異であることを述べた。そして、なぜ、人間の多様性を示すというときに、演劇という形をとるのか、という質問に移行していった。宮城さんからの返答は、異なる二者を、同じ皿の上に並べる枠組みが必要であるからだ、というものだ。異なる二者と、さらに観客という第三者を同じ空間に共存させるための枠組みとして、演劇はかなり使えるのではないか、という返答である。
 私も宮城さんも、もう少し議論を深めたいという雰囲気だったが、時間が迫っていたため、ここで打ち切ることとなった。

 有益な講演会だった。*6

(当然ですが、これらは私の記憶とメモから再構成しています。私の発言は、私に有利なように書いてあります。)

*1:大阪の谷町九丁目にある、お寺の中のシアター。住職が広告代理店出身の哲学オタクっぽい人で、演劇の公演やワークショップを開催している。若者のコミュニティ再生にも力を注ぐ。

*2:知人に教えてもらった

*3:音楽をやるには音響設備が悪く、演劇をやるには稼動範囲が小さく、講演会をやるにはハコが大きすぎる、など、様々な用途に使えるがどれにもしっくりこないホールという意味

*4:なんでこんなズラズラ書くかって?私は「演劇と政治/パブリシティ」という問題に取り組みたかった時期があるのです。でも、ゼロ年代に入って、急激に不況の影響で文化予算は削られ、地方行政が芸術から手を引き始めます。つまり、私が調べ始めたころは、すでに衰退期だったのです。代々木パブリックシアターが出していた「PT」という雑誌も廃刊になっていったし。それでも「演劇人」の特集はひたすら「地方と演劇」でした。私にとって、当時のインテリ演劇は、鈴木忠志(&平田オリザ)一派=地方志向、西堂行人一派=ハイナー・ミュラー傾倒、という区分けでした。底辺でやってたので、勢力図の実情は良く知りません。

*5:伝聞なのは、静岡に行ったことがないから。私の友人は「普通いSPACとか観に行くよーと行っていた。しかし、彼女は芸術系の学部での同期生なので、一般の人の感覚とは言えないかもしれない。

*6:そして、私は同じことばかり質問している気がする。いつもどおりでした。あと、前半は劇団運営や、助成金申請のコツの話だったのですが、私が書くことでもないので割愛しました。