百花繚乱バレエ漫画

 槙村さとる「Do Da Dancin'」の第二部が、単行本刊行スタートとなったので、購入した。

Do Da Dancin'! 1 ヴェネチア国際編 (オフィスユーコミックス)

Do Da Dancin'! 1 ヴェネチア国際編 (オフィスユーコミックス)

第一部の連載誌「ヤングユー」が休刊になったため、「オフィスユー」に移動しての連載再開。
 このところ、槙村さんの絵が荒れているのが気になっている。脇役は、アシスタントが描いていることも多い。さすがに、第一回分は丁寧な仕上がりだが、第二回からは線も荒いし、デッサンも崩れ、表情も単調。
 それでも、20代後半から、プロのクラシックバレエダンサーを目指す、主人公鯛子の悩みっぷりは、読み応えがあった。私が耳が痛いと思ったのは、現在のパートナー龍一の台詞。

龍一「もの珍しさが客を呼ぶのは長くて3年…プロダンサーとして生き残る確率は低い プロの世界では」
鯛子モノローグ:プロ……の
龍一「俺たちがめざしているのはプロのクラシックダンサーとして生き残ること」
鯛子モノローグ:そうだプロに…… なるんだ……
(122〜123ページ)

槙村さんは、芸術家としてのバレエダンサーではなく、踊りで食べていくプロダンサーの世界を描こうと、この作品に挑んでいる。華やか技巧の研鑚ではなく、しぶとく踊り続ける場所を確保することの難しさを描く。
 一方で、芸術とは何かについては、登場人物に、こう語らせている。

鯛子「ねえ クラシックバレエってなんだろう」
龍一「役を演じること」
鯛子「自分の個性を捨てて!?「私」ってもんがないってこわくない?」
龍一「だからダメなんだよ おまえは 逆だよ 逆」
鯛子「えっ」
龍一「役がなければ個性もない ありのままの自分なんて楽ちんすぎてみっともない くだらなすぎ 手抜きすぎ 見せるのは失礼だ」
鯛子モノローグ:失礼!?
龍一「一見アホみたいな王子であっても そのキャラクターを咀嚼して想像して洞察して 自分との違いと同じところを探って近づいていく その過程で自分の想像力や感受性や性格や生き方が問われる」
「かくれていた自分を知る 自分でもわからなかった個性が出てくる 役の中に自分の真実を見つけて本物の感情を乗せた時 時代や人種を超えて人を感動させられる」
「くだらない自我を捨てた時 はじめて本物の個性が表面に出てくるんだ」
鯛子モノローグ:役が私の個性を引き出す!?
(123〜127ページ)

実は、これはバレエの基本。自分の顔に、自分の名前を貼り付けて出てくるのは、発表会に出る子どもまで。ダンサーは、誰でもない顔になって舞台に出てこなければならない。それでも、その人だけに漂う匂いが、個性。
 鯛子は、すぐにグズグズ悩み、他人に甘え、足元をすくわれ、踊れなくなる。イライラするような主人公だが、槙村さんがどこまで描ききるのかは楽しみ。内容も、すっかり本格バレエ漫画の路線なので、マニアックになってきた。

 バレエマニア向けの漫画といえば秋吉京子「まいあ」。

まいあ Maia SWAN act II 1

まいあ Maia SWAN act II 1

名作「SWAN」の続編だが、おそらくついてこれる人はほとんどいない。なにせ、連載しているのは「SWAN MAGAZINE」という特別な雑誌。

SWAN MAGAGINE Vol.8 2007夏号

SWAN MAGAGINE Vol.8 2007夏号

ファン以外を寄せ付けない、不思議ワールドが展開している。パ(ステップ)の名前が容赦なく羅列され、オペラ座バレエ学校に関する知識は自明のものとされている。予習が必要な漫画。(商業ラインに乗った同人誌、とも言う。)

 対極を行くのは、曽田正人「昴」

昴 (1) (ビッグコミックス)

昴 (1) (ビッグコミックス)

こちらも、ビッグコミックでの連載が再開されたようだ。
 表紙からして、足の位置があるべき場所から微妙にずれているような…という漫画。格闘漫画に近いので、奇跡が起こりまくる。囚人がのたうちまわったり、観客が薬物中毒状態になったり、派手な展開が見もの。青年誌でバレエ漫画を描くとこうなるのか、という新鮮さがある。

 連載再開を切望されているのは、「ダ・ヴィンチ」で連載されていた山岸涼子舞姫テレプシコーラ)」。

主人公の姉が自殺したエピソードで、多くの人が衝撃を受けた。山岸さんは、「アラベスク」などで、先駆者としてバレエ漫画を切り開いてきた。いつもどおり、才能はあるが、なかなか開花しない主人公を丹念に描いている。
 しかし、山岸さんは、描きながら展開を考えているらしく、唐突な展開も多い。「ダ・ヴィンチ」でつなぎに連載していた「ヴィリ」は、今月で完結したが、謎も解けないし、何が描きたかったかすらわからず終わってしまった。枚数が足りなかったのだろう。「舞姫」も、ちゃんと空美ちゃん(主人公のライバル的存在だが、ものすごく不幸)が再登場するのか不安だ。

 静かに、完結していたのが、さいとうちほ「ビューティフル」。

ビューティフル 4 (フラワーコミックス)

ビューティフル 4 (フラワーコミックス)

これまた、バレエが好きでないと、全く興味のもてない内容。名作バレエを、踊る姿を描きたかっただけでは?と疑ってしまう。
 最近のさいとうさんは、ハーレクインロマンスの漫画、というマイナーかつコアなファンが一定数あるジャンルを築き上げつつあるので、好きなものを描いていて、みていて気持ちがいい、といえば気持ちがいい。

 バレエブームのお陰で、漫画家さんたちが、描きたいものを、欲望のままに描きまくっているので、面白いことになってきました。